「現時刻をもって節電を開始する…」
意味もなく気取った部長のひとことで我が営業部も節電に取り組むことになった。窓枠に並べられた野良犬撃退用ペットボトルを背に部長は続けた。「営業部として積極的に取り組む。一分五厘の削減が目標だ…」。話の流れから察するに、どうやら１５パーセント削減と言いたいらしい。空気を読めない誰かが「それをいうなら一割五分でしょ、部長〜」と指摘すると「人のアゲ足をとる奴は仕事が出来ない奴だ…査定は自然、厳しくなる…マイナス評価だな…」人のアゲ足を取って部長は冷酷に返した。同僚の失脚を目の当たりにするのは悲しい。パワハライオ〜ン。
部長は節電の意義について述べた。「クソ電力会社のためにやるんじゃねえぞ！これは社…」社会のためにやる。国家的エネルギー危機を乗りきるためだ。よかった。部長もわかっているらしい。なおも続く演説。「社長のためだ。社長の評価のためだ。世の中なんて二の次だ。大規模停電になっても俺の周りだけ電灯が点けばそれでいい…」 よくありませんでした。
「１５パーセント？国のえらい奴等がシーベルトだかマグニテュードだかバリウムだかよくわからねえ横文字をよほぉ。使うからよほぉ。物事の本質がほぉ。ぼやけるんじゃねぇのかほぉ」正論を言っているのにムカつくのはなぜだろう？頑なに１５パーセントを一分五厘と言い続ける部長は放置して節電に取り組むことになった。事務所のエアコンをオフ。扇風機の導入。無駄な照明のカットなどなど。皆で考えた節電案を伝えると「俺はお前らと違い頭を使って仕事をしている。おかげで毎日知恵熱だ…暑さには慣れている…だが社長がいらっしゃらないときはエアコンをつけてもいいのではないか…？社長が見てないところでやってもなぁ…。きっつー。ダメ？。仕方ない。俺は腹を決めた…。きっつー」と文句を垂れ流して渋々部長は了承した。
営業部の取り組みが社長の耳に入ったのと時を同じくして部長は節電に執念を燃やすようになった。「仕事中暑いと思ったら隣のパチンコ屋で涼む…タダじゃマズイから千円分は打つ…」「扇風機の首ふりに合わせて移動する…」「俺は節電のためにパソコンの電源を入れない…」つーか仕事しろ。
事件が起こったのは部長に同行して営業に出たときだ。営業車で移動中、部長は節電のためといって突然車のエアコンをオフにしたのだ。この猛暑下で発狂したか？何かの間違いだろう、僕が無言でオンにすると部長が光の速さでオフにする。オンオフオンオフオンオフ。エコを戦場にくりかえすこのポリリズムまるで恋だね。車内は蒸し風呂状態、いと暑し。オンオフの切り替えの周期は次第に短くなり、僕と部長、二人の指先が電源ボタンの前で触れあってゲボボ。たまらず僕は部長にいった。「部長、この車と街の電力は関係ないっすよ。エアコンつけましょうよ。ほら電柱に走っている電線とこの車つながってないでしょ」熱弁をふるったがどうもわからないらしく部長は「四つのタイヤが均等に接地しているなあ…」と頭をかしげるばかり。自称知恵熱でオーバーヒートしたのかも…と絶望して夏場所の力士のように汗をかいていると部長がエアコンをオフにして車はまたまた灼熱地獄。部長は歌うように言った。
「いいことして気持ちいい暑さだー」
気持ちいい暑さだ…。なあお前も暑さが心地いいだろ…。念仏のように部長は僕の傍らで繰り返した。単に、無駄に、暑かった。
営業部で電気自動車を導入することになった。節電を目的に二台。電気自動車かぁ節電に繋がるといいなぁ。ってそんな純粋な気持ちは２０世紀に置いてきた僕は部長に尋ねた。なぜ節電を目的に電気自動車なんですか、と。驚くべき答えが返ってきた→「そんなこともわからねぇのか…電気を電力会社から買わなくていいからだ…」「はぁ…」「電気自動車はバッテリーだ…。俺は東電に依存しねぇ。なあおい電力会社が乾電池を売るか？」「いえ」「最初、断腸の思いで泣く泣く東電の電気で充電しなければいけないが、そのあとは走るだけだ、つまりモーターを動かすだけで全自動で発電機が回り永久に電気を産み続ける…以後、東電から電気を買わなくてもよくなるわけだ…節電…経費削減…気持ちがいいなぁ！」 永久機関のつもり、なのか…？
窓枠に並べたペットボトル群が西陽を部屋中のすみずみにまきちらして暑さ倍増の営業部で僕は絶望しながら部長の持論を聞き続けた。こうして僕は二十年ぶりに汗疹の薬を買うはめになったのである。そういや窓枠に並べたペットボトル、野良犬小便対策という名目で部長が並べたものだけど、ウチの会社、ビルの三階なんだよな。カモン病院。暑さだけじゃなく色々ときっつー。
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