先日、某取引先との価格交渉において先方より解約通知を受けた。心よりお呪い申し上げます。最近「食材高騰」という言葉が一人歩きしておりますので、今回、営業担当をさせていただいた立場からまとめを残しておきたい。この記事が食材高騰に悩むすべての方にとって役にたつものとなることを心から願っている。営業という仕事の持つ底力のしょぼさ、相手に情報を正しく発信し続けたところで聞く耳を持っていなければ何の意味もないという無力感、「価格転嫁なんて綺麗事だよね」というリアルについて少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いである。
僕の勤める会社では、本業の食品事業のほかに給食事業も行っている。その給食事業で昨今の食材費高騰が直撃している。特に深刻なのは米の仕入れ価格の大幅な値上げである。10月からの仕入れ価格は平均すると春先の納品価格の160%程度。経営努力はしているが、米は主食なので使用量を減らすことは難しい。
仕入れ額が上がったら、そのぶんを価格に転嫁するというのが昨今の世の中の風潮だ。「お客様は神様」的な考え方で、店側が泣くのは前時代的な考え方になっている。提供している食事やサービスがワンアンドオンリーの独自性を持っている店なら価格アップは容易だろう。例えば、「ここでしか食べられない深海魚の刺身」を提供しているような店だ。独自性がなくても、食材高騰分は価格に転嫁すべきだろう。もちろん、転嫁による客離れを恐れて価格維持する店もあるだろう。苦しいのは安さを売り物にしている飲食店だ。安さという価値が値上げによって損なわれるからだ。
社員食堂はもっとも価格転嫁しにくい飲食店である。社員食堂サービス自体が一般的に、安価で、安定した食事が食べられるサービスという先述の「安さを売りにした飲食店」であると同時に、社員食堂が福利厚生施設であり、一般的に企業間の委託契約において提供価格が定められているため、運営会社が提供価格を自由設定できないようになっているからだ。運営の自由さと引き換えに、安定した売上と運営リスクの低さを得られるのが社員食堂である。
とはいえ、昨今の異常な食材高騰、特に使用頻度が高く、使用量の多い米の仕入れ単価のアップは定められた提供価格に吸収できないレベルである。そのため、当社でも社員食堂運営を任されている各企業との値上げ交渉に踏み切った。ほぼすべてのクライアントとは話がまとまったが、とある企業との交渉は難航した。「提供価格の改訂(アップ)」「ライス大盛り無料サービスの廃止または有料化」を交渉したが、「企業努力で何とかしてほしい」と返されて、交渉は平行線。米(およびその他食材)の仕入れ価格高騰による影響を資料にまとめて説明し、価格改訂がない限り現行条件での社員食堂運営は難しい旨を伝えた。折衷案として食事の質を落として現行価格を維持する提案をしたが合意に至らなかった。契約継続のためにそれ以上の提案や無理もしなかった(理由は後述)。「論外ですね」と言われたが、こちらは必死なのに論外のひとことで片づけないでほしいものである。
10月末に呼び出され、「業者変更します」と告げられた。解約通告である。契約満了は来年3月末。なのでそこまでの契約と思っていたら違った。担当者は違いますと言って、契約書に定めた途中解約条項を持ち出した。ざっくり言うと期待するサービスが得られない場合には双方協議のうえ契約期間の途中で解約できるというもの。当社は、相手方の望むサービスを提供できないと判断されたのである。食材高騰を転嫁したばかりに。きっつー。というわけで年内にて解約。新業者はコンペで決定して来年1月から新体制になるスケジュールだった。担当者からは業者コンペへの参加を打診されたが、条件は「現行価格の維持」「サービスの内容と質の維持」条件となっていたため辞退した。担当者は「やってもらえる会社はいくらでもいますから。大変お世話になりました」と告げられた。
当社不参加のコンペが実施された。で、先週、担当者から大事な話があると呼び出しを受けた。書面による正式な解約通告を覚悟していくと意外な展開が待っていた。「来年1月以降も運営をお願いしたい」と担当者は告げた。10社に声かけをしたが、「価格的に厳しい」「条件がきつすぎる」「1月スタートのスケジュールが無理」という理由で辞退する会社が続出したらしく結局コンペが不成立に終わってしまったのだ。あら大変、来年から社員食堂がストップしてしまうという事態になったのである。担当者は「念のためですが」と前置きしてから「現状の価格維持は難しいですか」とあらためて提案してきたが、無理と即答した。
社員食堂の特徴として1つ大事な要素がある。それは食事の安定供給つまり欠食しないことである。このままでは来年早々に社員食堂運営会社が不在になる事態になる。それを恐れたのである。契約継続の条件として「提供価格の改訂」及び「ライス大盛りの廃止又は有料化」を打ち出して相手に条件を飲ませた。立場の強さをもって無理難題を、現状をかえりみずに通そうとするからこのような事故が起きるのである。営業戦略的には「無理な仕事は無理に受けない」「相手にわからせるためにはあえて引いて現状と市場を知ってもらう」ことが大事である。仮に取引を失ってしまっても、悪条件で継続して経営を悪化させるよりはずっとましなのだ。担当者に「途中解約条項はこちらからでも出せるのですよ」といったら「冗談はやめてください。これからもよろしくお願いします」とお願いされた。今は会社に持ち帰って「どうしようかな」と相手を焦らしているところである。
結びの言葉として、担当者には心からの呪いを申し上げるとともに大逆転での勝利を掴むことができて本当に良かったと嬉しく思う。ドラマチックすぎる出来事だったので、いつか映画化されないかな、なんて思っている笑。(所要時間38分)