Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「追い出し部屋」に飛ばされたことありますか。


 上司と折り合いが悪く、キャリア・トライ・プログラムという謎の名目のもと、今でいう追い出し部屋に異動させられたことがある。十年ほど昔のことだ。上司が、目をつけた人間を他業種関連会社の別職種に異動させ、追い出すというシステムの存在は噂だけでしか聞いたことがなかったので、実際、辞令を受けたときには、漫画みたいだな、と笑ってしまったのを覚えている。その仕組みは帰ってこられないことを揶揄して《アルカトラズ》という無駄にカッコいいあだ名がついていた。《アルカトラズ》行きは告げられた次の日からであった。人事担当者からは、営業のノウハウを活かせるところだよ、とだけ説明されていた。


 アルカトラズは港にある物流倉庫だった。やってくるトラックやコンテナを受け付けて積荷をおろしフォークリフトで所定の場所に保管していく。事務所で倉庫業務をしながらテレアポ営業で新規獲得をするのが僕に与えられた仕事だった。パソコンもインターネットもない。騒音と粉っぽい空気のなか、慣れない倉庫業務をしながらの新規獲得である。仕事を教えてくれるような人もいない。ダイカン、コンサイ、マタイ、フスマ、ハシケ、ホゼ、ハイキューブ、テイショウ、ホネ、ヘッド、ジョーオン。そんな聞きなれない言葉が飛び交う環境にいけば音をあげるだろう、そんな考えが上にはあったのだろう。


 倉庫の作業員のおっちゃんにきくと、ここに来たほとんどの営業マンは1週間程度で消えていったらしい。きついのは倉庫の人たちは、飛ばされてきた人間を作業員の一人としか考えていなかったことだ。作業員の世界では日雇いの人間が次の日から顔を出さなくなっても当たり前、むしろお互いに事情を詮索してはいけないような空気が充満していた。彼らからみれば僕も、すぐにいなくなってしまう人間の一人、にしか見えなかっただろう。


 僕にとってラッキーだったのは、つまりそれは会社にとってはアンラッキーってことになるのだけど、僕がまだ若く青臭かったこと、それと、大学時代のうち二年間、乙仲業者でバイトしていたために、先ほど挙げたダイカン、コンサイといった用語や、倉庫業のイロハというものがわかっていたことだ。フォークリフトも運転できたし玉掛けの講習も受講済みだった。

 僕は猛烈に働いた。コンテナが到着すれば、作業員の一人として積荷をおろし、パレットに積み直し、フォークリフトで倉庫内を走り回った。倉庫業の合間の、細切れの休憩時間には携帯片手に営業活動。手書きがメインだった倉庫管理業務を少しでも効率的にやれるようにと自宅からノートパソコンを持ち込んで簡単なシステムをつくった。朝から晩まで。僕は負けたくないの一心で体を動かしつづけた。先は見えなかったけれど、僕の場合、盲目的に何も考えずにいたのがよかったのかもしれない。いちいち考えていたらおかしくなっていただろう。


 そんな生活が1年弱続いた。倉庫の回転率があがったこととたまたまテレアポ営業で大きな契約をとれたことが評価され、そしてこれまたたまたま営業部から退職者が相次いで壊滅状態になっていたこともあって、僕は営業部員として本社に舞い戻った。そして今に至る。実力とかではなく、運。それだけだ。右も左もわからないままあの倉庫に飛ばされていたら辞めていたと思う。運がよかっただけだ。ひとつ、僕が舞い戻ってきてしまったせいで、役目を果たせなかったアルカトラズ制度はなくなった。人事担当は定年退職するまで僕を見るたびに嫌な顔をしていた。ざまあみろだ。もし、僕に誇れるものがあるとするならそれだけだね。




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