警備会社によれば侵入者は真夜中22時に事務所に侵入、30分ほど物色して立ち去ったらしい。会社近隣に住んでいる役職者が緊急召集された。僕も呼び出された。施錠し忘れた従業員専用の出入り口から侵入されたらしい。社長、総務部長が警察官や警備会社の人の対応をしているあいだに被害の確認をした。我が営業開発部の社員は僕だけなのでデスクまわりとPCをチェックして被害がないことを確認。しばらくしてから集結して社長に報告。他部署からは壊滅的な被害報告が届いた。
「元から散らかっているために何を盗まれたかわかりません」「物を動かした形跡はありません。物が多すぎてわかりません」「ダンボール箱が移動したような気がしないでもないです」被害の全容すらわからない悲惨な状況を前に険しくなる社長の顔。腕を組んだまま目を大きく開いた社長は「データは大丈夫か?消されたり流出していないか?」と的確な質問をした。
情報管理者が一歩前に出た。表情が仏壇のようだ。「パソコンを起動した形跡がありました…」緊張が走る。「全データ流出」。誰もが最悪を想定した。「経理と顧客データは独立しているので経理部屋への侵入さえなければ漏洩しません」「それで?」続きを促す社長。苛立ちを隠せない。「侵入者はブラウザを立ち上げてヤフー天気を確認しています。それ以外はおそらく何も被害はないと思われます」「被害がない?その根拠は?」社長が詰め寄る。「データを盗まれたかどうかわからないからです」
悲惨な事態に静まり返る。しんとして耳が痛いほどでした。誰もが我が身可愛さで下手なことを言わないようにしていた。ウチのようなドメスティックな会社で失脚することなく立身するために必要なのは余計なことを言わないこと、そしてお世辞。北朝鮮と変わらない。飲み屋から駆けつけた総務部長が社長に進言した。「不幸な事件でしたが、幸い、常日頃のリスク管理のたまもので被害は皆無でした」すると社長は、被害がゼロで良かった、以後戸締まりには気をつけるようにと言ってご帰宅された。
「被害がわからない」が最強のリスクマネジメントという斬新な発想に僕は感動していた。感動するしかなかった。わからないは最強。被害がわからなかったことを受けて、社長のご英断で事件はなかったことにされた。朝礼で社長自ら事件について従業員に向けて説明がなされた。
「トップの私から伝えることに意味がある」強い意志でそう言われた社長は、同時に、孫娘様の強い影響下にあり、朝礼というオフィシャルな場で事件を「妖怪のせい」と総括した。よかった!会社に侵入する悪い泥棒さんはいないんだ!。今、社内では当該事件は昨年亡くなった元営業部長の亡霊の仕業ということでコンセンサスが取られている。ウチは大丈夫なのだろうか。不安だ。
(この文章は出勤前の15分間を費やして書かれたものである)