Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

あおり運転で警察に通報された。

「じゃこの書類にサインして」声の主は総務部長。目の前に「今後は自動車の運転には気を付けます」と書かれた誓約書。サインをすれば、この誓約書はボスに回る。そう思うと気が重くなった。午後5時。逃げ場はない。僕は普段の運転を恥じながらサインした。罪状は、あおり運転。僕は無実だ。なぜこんなことになったのだろう。ボールペンを握る手に力が入った。

午後3時。得意先に向けて営業車を走らせていると電話がかかってきた。総務部長からだ。「今すぐ社に戻ってくれ。理由はあとで話す」声に緊張感があった。コロナ対策の一環で営業部は原則直行直帰となっている。「外回り営業はウイルスを持ち込んでくる可能性が高いから社に寄り付くな」と主張した総務部長直々の呼び出しに、嫌な予感がビンビンした。総務部長は顔をあわせるやいなや、顎で僕を奥にある面談スペース、通称「懺悔室」にうながし、腰をおろすなり「通報を受けたY警察署から連絡があった。あおり運転だ」と告げた。

「ついに部下の誰かがやらかしたか」、僕は天を仰いで、天井に容疑者候補を浮かべていった。「君だよ」総務部長の声。彼は「あおり運転をしたのは君だ」といってメモを出した。僕が使っている営業車のナンバーと車種が走り書きされていた。オーマイガー。間違いなく僕であった。なぜだ。「今日の午後2時過ぎ、Y市のS図書館の近くにいなかったか?」「いました。お客さんとアポがあったので」「そこで君からあおり運転をされたと警察に通報があったらしい」 違う。僕はあおったのではなく、あおられたのだ。

午後2時。営業車を走らせる僕の前で、ジャンパー姿のおっさんがバイクで蛇行運転とポンピングブレーキを繰り返していた。どこに出しても恥ずかしくないほどのあおり運転である。僕は平常心を守るための魔法の言葉をつぶやいてやりすごした。距離を起きたかったが、後ろには湘南乃風メンバーに似た強面がハンドルを握る紫色のミニバンであったため、出来なかった。二車線になった。車線変更をしてオッサンのバイクを一気に抜いた。少し先の信号で止まると、追い付いてきたオッサンが横で意味不明の言葉を叫んでいた。目がやばかったので無視した。ここまでで1~2分間。それだけの出来事。この行為のどこにあおり運転があるというのか。

「それだ!そいつが君から『あおり運転、幅寄せをされた』と警察に通報したらしい」きっつー。逆だ。あおったのではなくあおられたのだ。そもそも幅寄せしていない。警察からは、事件にも事故にもなっていないから、該当者にヒアリングして事実なら注意しておくよう言われたとのこと。「ただ、運が悪いことに」総務部長は嬉しそうに続けた。「私が警察から電話を受けたとき、ちょうど総務部に社長がおられて…」 事実確認後、後で報告に来るように言われたそうだ。警察からの照会。あおり運転。ナンバー一致。心証ワルっ!

「で、実際どうなの?」と総務部長は尋ねると、僕の答えを待たずに、「大ごとにするつもりはないから、誓約書にサインしろ。証拠はないんだろう?」と彼は言った。なげやりでムカついた。お天道様に誓って、僕はあおっていない。何で僕が。証拠さえあれば。あった。「ドラレコがあります」「ドラレコの映像を確認して大丈夫か」「はい?」「大丈夫かっていってんの。あおってなくてもヤバそうな相手に追い抜きをかけていたら、心証悪くなるだけだぞ。それでもいいのか?」

このやりとりのなかで僕はとんでもないことに気づいて「やっぱドラレコはやめておきます。事件にはなっていませんし、僕に落ち度があった気がしてきました。反省します」と引き下がった。総務部長は疑うような眼差しを一瞬僕にむけると「わかった」のひとこと。さすがことなかれ主義の第一人者。

僕はドラレコを確認されたくなかった。社長室で社長と総務部長と僕がいる情景を想像する。しん、として耳がいたくなるような室内に再生されるドラレコ。蛇行運転を繰り返すバイクの映像とそこに重なる僕の声。おまじないの言葉。「綾瀬はるかたんにピー(自主規制)」「深キョンにピピーー(自主規制)」。想像するだけで地獄すぎた。僕は人によってはあおり運転にとらえられかねない荒っぽい運転をしました。自分に嘘をついて、偽りの罪を受け入れた。男には汚名をかぶってでも守らなければならないピーな秘密があるのだ。(所要時間23分)