Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

社内抗争に敗れた上司が僕の部下になった。

弊社は、社内限定で「役職」ではなく、「さん」付けで呼びあうことになっている。実際は、「役職」でも「さん」でもどちらでもオッケー!というユルい感じで運用されている。そんなユルユルな社風の我が社でも、多くの会社と同じように、派閥抗争がある。社長派と常務派に分かれての抗争だ。僕自身に意識はないが、社長面接で中途入社して幹部になった経緯から、社長派と目されているため、常務派から目の敵にされている。社長から特別可愛がられているわけではなく、むしろ都合良く、便利屋のように使われているので、メリットはない。面白くもない。

常務派はうまくいっていないらしい。最近も派閥内の権力闘争に敗れた人がいる。僕ら部長クラスの上席にあたる統括本部長だ。彼は、自分の地位は未来永劫に安泰と勘違いして、診断書の出せない謎の長期入院しているうちに、所業悪行が暴露されて、立場を追われた。哀れだ。とはいえ会社の功労者、このまま追い出すのはあまりに不憫、逆ギレされても怖いし、という理由で失脚した彼は、社長の一声で、今月から僕の監督する営業部でイチ営業部員として働いている。僕のことを目の敵にしていた古参の1人である彼が下にいるのは、実にやりにくい。63才。営業経験なしの男性。かつ、僕のことを良く思っておらず、しばしば会議で口撃してきた人物の面倒をみなければいけないジレンマ。社長は「彼にも伸びシロはあると思うよ」と笑っていた。悪魔か。

顧客もない。役職もない。パソコン使えない。シンパもない。そんな彼にあるのはプライドだけである。放置プレイさせておくと部内の士気にかかわるので、仕事をつくってまわした。我が営業部はほぼ「さん」づけで呼ぶようになっている。だが彼だけは、「この仕事を今日中にお願いします」と仕事を依頼すると、僕への感謝まじりの従属を示すように「わかった。部長…」とひとこと言うのであった。僕は、彼の職業経験を尊重して、あるいは、武士の情けから彼のプライドに配慮して、細かく注文をつけなかったけれども、〆切は守らない、雑すぎる仕事ぶり、をまざまざと見せつけられ、部全体に悪影響を及ぼす危険性を覚え、考えを改めて、事細かに指示を出すようにした。

「この資料を両面コピーで8部お願いします。資料を見れば自ずと判断できるかと思いますが上下ではなく左右開きでコピーお願いします」「部長…」「会議で使う顧客リストの印刷をしておいてください。全部を打ち出すのではなく、条件を入れてですね、あ、わからない?業種は…、規模は…、あ、もう私が全部入れましたので、あとは都合のよろしいときに印刷ボタンを押して出てきた書類を1セットにして左上にホチキスで止めてくださいね」「わかった。部長…」というふうに。僕が細かく指示を出すと、元統括本部長の彼は「わかった。部長…」と応じた。それでも結果は「わざとやってる?」と疑ってしまうほど酷いものであった。両面コピーは指示したとおりではなく、前半は左右開き、後半は上下開きとになっていた。顧客リストはホチキスは右上2か所でバッチリとめられていた。これは嫌がらせだろうか。いや、そんなことはない。もしかして僕が個人的に嫌われている?いや、彼だって慣れない仕事をやっている、間違いは誰だってあるさ。そう気を取り直した。

部下の人たちから「あの御仁がいると仕事がやりにくい…」「何もせずに座っていて士気が下がります」とクレームが出てくるようになった。「部長は厄介を押し付けられてますよ。手をうたれたほうが」と忠告してくれる者もいた。僕は「もう少し彼に時間をあげよう」と彼らを諌めた。「これは武士の情けである。争いに破れ、恥を忍んで敵視していた僕を「部長」と呼んで頼ってくれている。十分じゃないか。それで。キミたちの人情紙風船は昨今のソーシャルディスタンスでしぼんでしまったのかい?」

すると部下の1人がいった。「お言葉ですけど」「何」「あの方が部長を部長と呼んでいるのは慕っているのではなく、《現状はこんなだけれども、私は上にいる》と宣言しているように聞こえるのですが」。ウソ?マジ?きっつー。うん、でも、納得。確かに目の敵にされていたときの「部長」と声のトーンが一緒だわ。仕事ぶりもあいまって腑に落ちた。以来、「わかった。部長」と言われても、見下されているように思えてならない。仏の顔も三度まで。あと3回。あと3回上から目線で僕を「部長」と呼びナメた仕事をしたら、彼を「クン」付で呼んで、屈辱の沼に沈めてやろうと考えている。(所要時間25分)