Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

朝、会社とは逆方向の電車に飛び乗りたくなるときありませんか?

その日も僕は、いつもの上りホームでいつものようにいつもの電車を待っていた。1月の寒い朝だ。吐く息が白い。話のわからない上司。ルーティーン化した仕事。課せられたノルマ。「会社行きたくねえなあ」思わずつぶやいてしまいそうになる。ふと周りを見る。新聞を読んでいるおじさん。スマホでゲームに興じる若者。ぼうっと前を見つめる僕と同年代のスーツ姿の男。いつもと何も変わらない。少し落胆が混じった落ち着きを覚える。スピーカーから駅員の声がした。踏切に車が入って…安全確認が…とかなんとか。誰も反応しない。受け入れているのか。諦めているのか。僕の中にある「会社行きたくねえ風船」が少し膨らんだ。「この風船が破裂しないように」と祈るような気持ちでずっとやってきた。同じホームで25年。会社や仕事は変わってきたが、上り電車が職場へ向かうもので、下り電車が海へ向かうものであることは、太陽が東からあがるように当たり前で、変わらない。変わらないものの上に、会社行きたくねえ風船を乗せて、落ちないよう、転がっていかないよう、見守ってきたのが僕の25年だ。

「そろそろ限界かもしれない」「25年間破裂せずによくやってきた。潮時だぜ」そういう声が聞こえる気がした。アナウンスふたたび。電車は少し遅れるようだ。スマホに興じる若者が異変に気付いてワイアレス・イヤホンを外した。前に立つスーツ姿の男が苛立たしげに腕時計を見た。新聞を読んでいるおじさんは動じない。いつもの変わらない朝が歪み始めていた。変わる気がした。マイ・レボリューションの胎動が聞こえた。その瞬間、海へと向かう、会社とは逆方向へ進む下り電車がホームに入ってきた。僕は列からドロップアウトして上り線に背を向けた。海へ行って叫びたかったのだ。ずっと。会社バカヤローと。俺は生まれ変わるぞと。こんなのは本当の人生じゃないと。ネクタイを緩めて冬の海岸線を歩きながら、空に何にも縛られない明日を描くのだ。誰もいない平日の海水浴場で15年ぶりに煙草を吸ったらどんなにうまいだろう?スマホの電源を落として縛られなくなったらどこまでいけるだろう?そんなことを想像しながら、僕はホームに入ってきた電車に飛び乗った。笑えよ。僕という人間の不器用な生きざまを。

こうして僕は遅れてやってきたいつもの電車に乗った。そして時間調整でなかなか動かない車窓から、海へと向かう電車が豆粒のように小さくなって朝靄のなかに消えていくのをずっと眺めていた。今度はきっと、いつか絶対、って思いながら。そんな25年だ。(所要時間10分)

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