Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

お疲れ様!ユイだけはお兄ちゃんの味方だよ。


 年末の宴席で、上司が必要以上の上司面で語りかけてくるのはなぜだろう。僕だけに降りかかる不幸なのか。世間一般に起こっている事象なのか。経験から言えることは、そういう行為に及ぶ上司に限って、上司らしい仕事を普段していないということだ。だから年末に上司としての帳尻合わせをするのだろう。端的にいえば、上司プレイ。今日はそんな上司プレイに付き合わされた。


 「一杯、飲んでいかないか?」


 得意先の建物から出てくるや否や、上司が声を掛けてきた。「一杯、飲んでいかないか?」雑踏のなかで聞こえないふりをしていたら、ふたたび声を掛けてきた。嫌で仕方なかったけれど、共同で取り組んできた案件の後だったこともあり、断りづらい雰囲気が流れていた。「飲むだけなら」仕方なく付き合うことにした。


 本屋やクリーニング屋に行きたかったし、レンタルDVDも返したかった。まあ、しょうがない。大人の付き合いってこういうものさ。心裡留保。上の世代に対する反抗心は、大学を出て長い髪を切ったとき、尾崎のCDを売ったとき、僕の心のなかからすっかり消えてしまったのさ。


 数分後には、上司に続いて居酒屋の暖簾をくぐっていた。何杯かの生ビールを胃に流し込んだ後、突然、上司が語り始めた。「なあ、今の会社の状態を君はどう思う?」普段、僕のことを呼び捨てにする上司が君づけだ。嫌な予感が脳裏をよぎる。どうやら上司は「会社のなかで、俺は君の味方だ」ということを僕に伝えたいらしい。飲むだけという約束はあっけなく破られたのだ。


 はっきりいって迷惑だ。正当な評価さえなされれば、味方なんていらない。拒否反応をわかりやすく顔に出しているのに、上司は続けた。どうやらテーブルの上に置かれた煙草の箱が予算で、灰皿が社長で、おしぼりが部長らしい。それらを手に取りながら熱く語る50代と、そのパッションをどう扱えばいいかわからず、何も感じず、ただ受け流し、アルコールで呆けた頭でツタヤの閉店時間を思い出そうと必死な30代。悲しいほどに噛み合わない構図、一丁あがり。僕から言わせれば、それらは煙草の箱、灰皿、おしぼりに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。


 空回りする論議はお互いに不幸だ。僕は上司の話を遮断することにきめた。「そうですね」「そうかもしれませんね」「いいですね」そんなふうに適当に、話を一切聞かずに上司の音声が途切れたとき、相槌を打った。眼鏡を外して、真剣な眼差しを裸眼で見せつけ、軽く頷きながら。そうですねそうですねそうですね。条件反射的にフレーズを連呼した。


 そうですねそうですねそうですね。すこしすると、反復作業にすぐ飽きてしまう。忍耐力ゼロ。悲しい性。退屈をまぎらわすために想像力で上司を弄ることにした。そうですねそうですねそうですねも、勿論忘れない。


 上司の顔が嫌なので、ツルっとスライスして新垣結衣にしてみる。ガッキーいい感じ。いいですねそうですねそうですね。煙草の箱を持つ無骨な手はサックりとちょん切っちゃって、スラっとした栗山千明の手に交換。いいですねそうですねそうですね。オッパイがないので、麻美ゆまのプルンとした上物をセレクトしてネクタイの上から貼り付ける。いいですねそうですねそうですね。テーブルからはみ出した足は蛯原友里のスリムなものとチェンジ。いいですねそうですねそうですね。ついでに隣の席に移動して角度を変え、斜め美女の滝川クリステル風演出も加えてみる。いいですねそうですねそうですね。


 遂に完成。僕だけのモンスター。我が想像のアイドル、新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃん。さあ、僕のことをおにいちゃんて呼んでおくれ。お疲れ様っていっておくれ。大好きだよっていっておくれ。アイドルがゆっくりと口を開く。さあ、いっておくれ、おにいちゃんって。新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃん、さあ、いっておくれ。


 

 「おにいちゃん お疲れさま!」



 「俺の話を聞いているのか?」中年男性の声が僕の想像を木っ端微塵に粉砕した。ふたたび、現実が僕の前に立ちはだかる。僕の、新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃんは僕を裏切った。さようなら新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃん。結局、僕は閉店まで上司プレイに付き合うことになった。「俺もそう思いますよ!」「今のままじゃ会社ダメになりますよ!」「仰るとおり!」「いやーいい話だあ!」こんな無駄な夜を積み重ねて、僕は歳をとっていくのだろう。


 「久しぶりに飲めて楽しかった。俺のところカミさんと二人だから。子供いないから。たまには若いヤツと飲みたくなるんだよな」店を出て、白い息を吐きながら上司は僕にこう言って笑った。


 そういうことか。こんな夜でも、彼にとって少しは意味があったのなら、それならそれでいいや。そんな気分になった。僕らは最寄りの駅まで無言だった。別れ際に上司はこうも言った。「お前がその歳で嫁がいないのもよくわかったワ。目が笑ってる。真剣さが足りないもの」


 余計なお世話だ。貴方はやはり僕の敵だ。DVDの延滞料払え。アダルトものの延長は返却するときに一層の精神力を要求されるんだぞ。嫁はいないけど僕の心には新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃんがいるからいいのだ。新垣栗山ゆま蛯原クリステルちゃんが僕の帰りを待っている。僕は間違っていない。たぶん。