Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

俺立ちぬ


 不妊治療を続けるなかで受けた精液検査の結果通知、「精子生きてますねー」というドクターの言葉で無精子症の不安に咲いた希望の花は、「たまごクラブ」から「ひよこクラブ」へと繋がっていく喜びの果実は、「精液が少ない」「精子が少ないうえに元気ない」「ご主人EDなんですか…」僕の三重苦をドクターが口にするたびに萎み、終にはすっかり枯れ果ててしまった。

僕の年齢(39才)の平均精液量は1.5ml。僕の精液は0.3mlしかなかった。EDでもあるし自然妊娠はほぼ不可能。こうして、出会い以来一度の行為もない完璧なセックスレスを原因とする、いわば必然の不妊の治療は、人工受精をおこなうに到った。


 妻の体調に合わせて精液を注入。僕の、質、量ともに控えめな精液を洗浄、選別し、エリート精子部隊を注入するのである。一週間程度の禁欲を課された。「一週間、我慢ですよ」ドクターの言葉には笑顔で返した。五年に渡るED、妻と一度もないパーフェクトセックスレスは伊達じゃない。ドクターから渡された容器はやはり凶悪に大きく、これを満たすわけではないと頭でわかっていても、重圧に感じた。


この無理無理感…。

 サプリメント。注射。検査。一連の不妊治療での妻の苦労は想像にかたくない。妻の努力に僕もこたえなければ。妻に精液の少なさを詰られ「ちょびっと君」と不愉快極まるアダ名を頂戴した過去を繰り返したくはない。精液量を増やすには《亜鉛》がいいと聞いた。そこで本番までの一週間、各種亜鉛サプリメントを過剰に摂取してみることにした。たくさんの人から勧められたエビオス錠について申し上げますと、僕の身体には本来の胃腸薬としての効能が強く効きすぎ、ウンチが外人の一本クソのように太く逞しいものに育ってしまい、結果、後方のゲートがメルトダウンしてしまったので途中で処方を取りやめた。

スーパービール酵母V 660粒

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DHC 亜鉛 60日分

DHC 亜鉛 60日分

 処方したのはアサヒスーパービール酵母Zとコンビニで買えるDHCの亜鉛サプリ。アサヒは一日15錠のところを3倍の45錠、多めに摂取して備えた。それと胎教ではないが、元気な精子になるようにヘッドホンを股間に当て、プリンス、スライ&ファミリーストーン、ジェームス・ブラウン、シャネルズといったブラックミュージックを聴かせた。全てが順調だった。ただひとつ、妻と完全なセックスレスのまま子供を授かったとき、正当な過程を経ていない僕は父親として我が子を語れるだろうか、という不安は僕のなかから消え去ることはなかったけれど。

 
 悲劇は施術当日、朝5時に起こった。サプリメントのオーバードーズが祟ったのだろう、恥ずかしながら激しく夢精しちゃいました。言い訳をするつもりはないが、ひとことだけ言わせてほしい。四半世紀ぶりの夢精は、大変、キモチのいいものでした。しかしキモチよさと裏腹、現実は厳しい。午前中に精液を採取し、採取後三時間以内に病院へ持参しなければならない。妻に夢精を悟られぬよう遺伝子まみれのパンツを朝五時のキッチンで洗い、落ち着きを取り戻すと、少しでも残弾を増やせるように残ったサプリメントをすべて摂取した。それからバイアグラを二倍飲んで二時間後、隣室で僕の自慰が終わるのを待ちわびる妻のために、僕はショーツを脱ぎ捨て、靴下だけになり、集中を高めるために水魚のポーズをいそいそととった。


 重大事項なので主文を先に読ませていただきますと、精子の採取はひとまず成功。配偶者が薄い壁の向こうにいる特殊な状況下での自慰が僕の嗜好に合っているのだろう。それからモニターの向こうからご協力いただいたAV女優の羽月希さん、XVIDEOS.JPのスタッフにはこの場所を借りてお礼を申し上げる。ありがとう。


 採取したカップの底を見た妻は、その量の少なさに怒りを通り越して沈黙。「おーい!」「感想は?」自分の精子についての意見を求める行為は虚しい。すると妻は「頑張って…これだけなの?」と冷静な疑問をぶつけてきた。「頑張りすぎたんだよ…これが今の僕に出せるベスト。精液の性能の違いが、精子の決定的差でないことを教えてやる」と言い返したがガンダムに興味がない妻の反応は薄いものでございました。夢精については墓まで持っていく。それから僕は、自慰を終えたばかりの手で妻の手を取り病院へ向かった。


 これが今朝の話。結果は神のみぞ知る。妻は言った。「もしダメでも、そのときは…もういちど」。その言い方に僕は妻の不安と覚悟をみた思いがした。「赤ちゃんが欲しいの」妻の願いはかなえられるかわからない。でも大丈夫。僕がいる。もし、実らなくてもそのときは。そのときは、僕が、バブー。正直にいうなら僕は楽観視している。覚悟や努力や時間、そして不安。そう遠くない未来、うまくいけばそれらは混じり合ってあの巨大な採取カップをあふれるばかりに満たし、力となり、僕はより美しく確かな言葉で我が子を語れるようになるだろう。


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かみプロさんでエッセイ連載中。
「人間だもの。」http://kamipro.com/series/0013/00000