キャバクラでサービスの提供を拒否された。思うところがあるので、ここに、出来るだけ冷静に、主観的な視点かつ自意識過剰な文体で事の次第について書き記し、皆様のご意見を賜りたいと思う。
ゲスだった。自分でも冷静さを欠いた行為だったと思う。破天荒。ロックンロール。そういった言葉では片付けてはならない行為だったと思う。
久方ぶりの隣町キャバクラ。馴染みのキャバクラ嬢は死んでいた。お墓はないらしい。僕に彼女の死を告げた顔見知りの黒服スタッフは肩をすくめ首をふった。まるで、これ以上聞かないでくれ、とでも言うふうに。そういうことだ。
死者の代役として僕についたのは胸元がヘソまでばっくり開いた赤いドレスを着た女の子だった。彼女の顔面については、人権問題に配慮して、ダレノガレ明美さんを百発殴ったような、と表すに留めておく。だいいち顔面は大きなファクターではない。それに僕はダレノガレ明美さんと水沢アリーさんの区別がつかない。つまりその程度のことだ。
僕の注意を引き付けたのは、ダレノガレでも過激な衣装でもなく、彼女のアシモのような白い胸に拡がる汗疹だった。アセモ。随分と懐かしい響きだ。
キャバクラは原則ノータッチだ。もちろん女の子から手を軽く握られたり、膝に手を置かれたりはするが、それもルールの範囲内だ。たとえ膝が僕の性感帯であったとしてもだ。僕の、性感帯は、膝だ。よそう。今、語るべきは性感帯ではなくルール、そして制汗の不足による汗疹についてだ。
不幸なことに彼女の汗疹は、少し潰れたエム字、ちょうどカシオペア座の形に配置されていた。実際のカシオペア座の星たちに比べるといささか赤黒い光を放ってはいたが。その赤黒い5つの光点に導かれるように僕は…星に触れていた。80年代に「北斗の拳」の洗礼を受けた僕に胸の星座を指で突きたいという衝動を抑える術はなかった。
「きゃあ!」
僕の指が汗疹を突くと女の子が声を挙げた。彼女は地雷だったらしい。すると次の瞬間から僕の座る席は湧いて出てきたようなキャバクラ嬢、スタッフ、バニーちゃんに包囲されていった。広域で暴力を行使していそうなスーツの男もいた。「すみません。今日女の子少なくって」免罪の申し出は虚偽だったのか。今となってはわからない。
彼らは各々ルール!ルール!と呟き僕の退場を促した。ちょうどエバンゲリオンの最終回のように、大勢で標的を取り囲んで。輪のなかには顔見知りの黒服スタッフもいた。彼は、ニュース映像のなかのアフガ二スタンの子供が見せるような深い悲しみをたたえた虚無的な目をして、肩をすくめ、頭を振った。まるで閉店間際のゲームセンターの店員が子供たちにゲームオーバーを告げるように。こうして僕はサービスの提供を拒否され、半強制的に店を追い出された。
あれから随分と時間が経ってしまった。一年。時給で働く人にとっては長い時間だ。何もかもが変わってしまった。僕の役職が課長のままである以外は。汗疹の子も死んだ。
僕はこの春からまた、あのキャバクラに足を運んでいる。キャバクラにはVIP席がある。それ相応の資格がないと勧められない席だ。金とか、顔とか、好感度とか、そういった類いの資格だ。僕はVIP席に通されるようになった。何もリクエストしていないのにだ。いつ許されたのか実のところよくわからない。許されるというのはそういうものなのかもしれない。
先日、五体不満足な人が飲食店から入店拒否されるという事件があった。彼らが関係を修復したという話は聞かない。金銭では解決できない、人間と人間の信頼関係の問題だ。僕は知らず知らずのうちにキャバクラとの信頼関係を築き上げていたらしい。VIP席という形の信頼。五体不満足な人は信頼関係を築けなかった。彼は五体ではないどこかが不満足なことに気づいていないのだろう。人が、己に欠けているものを自覚して見ることはひどく難しいことだ。僕にも、そして彼にも。それだけのことだ。だいじょうぶ三組。
VIP席の料金は通常の200パーセント。僕はルールに基づいて支払いを済ませた。顔見知りの黒服スタッフが、肩をすくめ、頭を振っていた。彼の悲しそうな目に映る、僕には見えないもの。その正体を僕は知りたい。
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