Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

査問委員会にかけられた

前回「部下をかばった」(http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20131024/1382622886#1382622886)の続き。

 僕は小さな食品会社に勤める営業課長、偏屈な性分と融通の効かない性格のせいか、監査部の連中と折り合いが悪く、目を付けられ、入社以来二回目の査問委員会にかけられた。


 査問委員会は社長の名で書面により通達されるが、迅速な処理という名目で、監査部長の口頭により通達がなされた。会場の第三会議室は、物騒な議題を扱うときに使用されるため、社員から第三サティアンと揶揄されている。ノック、「どうぞ」。ドアをあけた僕は壁に掲げられた社是「四面楚歌」を見上げた。先代社長がどのような思いを込めてこれを書いたのか考えたくもないが僕の気分にはマッチしていた。


 メンバーは監査部長以下監査部一同、人事部長、現場責任者である店長。それらが横一列に座り待ち構えていた。通常なら社長や常務兼総務部長が出席するが、両者とも急用で欠席だという。ワンマンな社長にしては珍しい。はじめようか…監査部長の忌々しい声で委員会は始まった。


 最初に監査部次長から僕の問題行為が読みあげられた。全て9月から任された飲食店の運営に関するものであった。1.半年前からの当該事業所の数字の隠蔽工作を店長に指示 2.当該事業所を担当した本年9月1ヶ月の数字の操作を店長に指示 以上二点。社内規則では懲戒解雇に相当する可能性がある、と監査部次長は付け加えた。一文ごとに「基本的な問題だよぉ」「基本的な問題だよぉキミぃ」といちいち合いの手を入れる監査課長がうざかった。


 「半年前から本社事業部は現場に開発費を与えずに過大な開発ノルマを課していました。現場収益と開発ノルマに板挟みになった店長は本社管理の杜撰さに乗じて数字を工作した。これが本件の背景です」と僕は説明した。「私に非があるとすれば、この問題を察知した段階で監査部に連絡しなかったことです。その点についてはお詫びいたします」「基本的な問題だよぉキミぃ」。野次馬の声がまるで聞こえていないように、監査部長は僕をじっと見ていた。気圧されそうなのを堪え「しかし現場を預かる者として現状の把握しなければと考えました。問題があります。内容はわかりません。これでは子供の使いです。ちがいますか?」。僕の挑発には乗らずに監査部長は「続けなさい」。


 僕は店長に情けをかけ、半年分の報告書の提出と、9月分の開発費について稟議をあげるよう指示していた。それから今回の原因となった「無茶な現場任せの開発体制」問題を解決しようと。だが店長にしてやられ、僕の指示で隠蔽を行ったと監査部に密告されたのだ。


 「争点は私が指示したのかどうかだと思います」「基本的な問題だよぉキミぃ」と騒ぐ監査課長を無視して監査部長が店長に意見を求めた。「私は課長から過去半年分の隠蔽と9月分の操作を指示されました」と店長。「反論はあるかね?」と監査部長。人事部長がイヤな笑みを浮かべていた。


 「確かに私は九月分の数字について私の裁量で処理しようとしました。しかし、それ以前約半年分について隠蔽の指示は出していません。店長。私が隠蔽の工作を指示した証拠がありますか?あるなら出していただきたい」「不自然な数字自体が証拠だよキミぃ」とウザイ課長が騒ぐ。「証拠は残すなと指示されましたので…」と弱々しい店長。さあ、反撃開始、流行りの倍返しだ。「私はこれを否定します。ここに証拠があります。店長と私の会話の録音です」いくら僕でも学習する。危ないときはレック。会議室に動揺が伝播するのがわかった。いい気味だった。僕はレコーダの再生ボタンを押した。


《録音》
僕「先月まで(雑音)…の数字については(雑音)…俺は関係ない(雑音)…俺(雑音)任せておけ。すぐにやれ」店長「わかりました」僕「今月分については俺の裁量で営業の経費で落とすから稟議をあげろ」店長「わかりました」僕「早くやれ」店長「ありがとうございます。これで助かりました」
《録音終了》

「…」「…」沈黙が流れた。録音は業務用食器洗浄機のノイズで聞き取りづらくなっていた。「よーく、耳をすませるとわずかに私の声がですね…」補足説明しようとした。すると、ゲホンと咳払いをした監査部長が「この会話からだと君が隠蔽工作を指示したようにしか聞き取れないのだが、皆はどうだろう」と言った。その声に応じる取り巻き。迂闊だった。聞くつもりがない人に曖昧なものは聞こえない。まさか自分の録音で自分の首を絞めることになろうとは。倍返しが…しっぺ返しになろうとは。僕は大馬鹿かもしれん。


 トントン拍子で委員会は進み、僕の懲戒処分が決まった。四面楚歌の社是を体現してるのにクビチョンパー。「すぐに辞表を書きなさい」と監査部課長が言う。ん?処分なのに辞表?おかしくないか?。僕は、モヤモヤを感じながら、最後の悪あがきをするつもりで「おい!店長、困っているから助けたのにこの仕打ちはなんだ。いいか!今度会うとき俺は客だからな。覚えてろ!クレームクレームクレームだ」、元上司が定年退職した際に遺した「今度会うときは客」という不穏な言葉を拝借して、言った。


 すると店長は「おじさん、こんなこと言ってますよ〜」と監査部長に言った。S木監査部長。S木店長。「口頭での召喚」「社長、常務取締役の不自然な不在」「懲戒「処分」なのに辞表を書くよう進められる」そして「おじさん」。当初から僕のなかにあったぼんやりした違和感がはっきりとした形になっていった。店長の一言で会議室はしんと静まり返り耳が痛いほどだった。確信した。


 『これは査問委員会ではない』


 僕は切り出した。「私が営業課長の裁量で処理しようとしたことが問題なら、出るとこに出ても構いません。ただし、私という一個人を貶めるために社長の威を借り、査問委員会と偽った私的なリンチを行ったことの是非についても出るとこに出ていただきましょう。今なら無かったことで手を打っても構いませんが…」。誰かが何かを言おうとする気配がしたので「後ほど営業課長として正式な査問委員会の開催を社長に上申いたします。御異存が御座いましたら、御書面にて御願いいたします」と言って僕は第三サティアンから退出した。四面楚歌で結構だ。

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