Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

妻との関係が次の段階へ移行しました。

妻との冷戦がはじまって1ヵ月、義理の母からの情報により、ようやく彼女の激怒している理由がわかった。下着無断拝借。ガンプラ大人買い。深夜の恋ダンス。怒らせるような行動について心当たりがありすぎて、これ!という決定的なものがわからず、疑心暗鬼、茫然自失になりかけていたけれどようやくわかった。自宅トイレにおける立ちション発覚がそれである。女子の立ちションについては知識と経験が不足しているため、話を男子に限定させていただくが、男子の立ちションたるやご存じのとおり跳ね返りがすさまじく、周囲一帯が濡れる、アンモニア臭が充満する、騒音がひどい、などと衛生環境的によろしくないので我が家では絶対禁止とされていたのだ。妻から課せられたのは強制座りションである。正直に告白するならば、座りションを強制されたとき去勢されたような気持ちになった。それでも僕は無用な争いを避けるために、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、座りションをしていた。もちろん平和を望む気持ちだけで座りションは出来ない。なんらかの強制力がなければ無理だ。僕にとっての強制力は妻の耳だった。僕はトイレで用を足しているときいつも扉の向こうに妻の気配を感じていたのだ。本当に僕が座りションをしているか、妻は扉の向こうで息をひそめて確認していたのだ。数年間。チン黙の争いは続いた。あるとき、油断したのだろうね、妻の気配を感じなくなった。持病の腰痛に加え、昨夏の交通事故によるヒザの負傷の影響もあり、トイレに入り、ズボーンとパンティーを膝まで下ろしてから180度ターンして便座に腰を落とすというルーティーンを行うのが厳しくなっていたので、これ好機とばかりに立ちションへの回帰をはかった。いつ監視が再開されるかわからないので、立ちションへ回帰しつつも警戒を怠らない賢い僕は座りションを偽装した。具体的には、尿意をもよおしてからトイレに入り扉を閉め、ズボーンとパンティーを膝まで下ろしてから外にいる人間に聞こえるような絶妙な音量でいかにも腰をおろしているように「よいしょ」と声をあげ、すかさず両方の手で便座を押してあたかも臀部を便座に置いたようなミシッという効果音を出し、それから襲い掛かる尿意と格闘しつつ、音が立たないように慎重に便座をあげ、音が出てしまいそうなときはそのつど「あ~腰いて~」と声をあげてTOTO製の便座がたてるわずかな物音を隠した。その後、水面に尿が着弾すると音が激しくなってしまうので、水面のない便器の斜面的な部位に尿をあてて事を成し遂げ、事後は「は~どっこいしょ!」と、いかにも腰痛に耐えつつ腰を上げています的な掛け声をあげ、その声にまぎれて素早く便座を下ろしたのである。完璧な隠蔽工作。事実、数か月間は妻にバレなかった。だが僕の精緻な隠蔽工作は妻の強行突破により破られてしまった。一ヵ月前。隠蔽ルーティーンを経て立ちションをしている僕の背後で突然ドアが開いたのだ。妻の仕業である。「ずっとそうやっていたのですか」という妻のマイナス30度の声を僕は今でも忘れることができない。数年前閉じ込められて以来、トイレに鍵をかけないようにしていた。(トイレにとじこめられてます。 - Everything you've ever Dreamed)まさか、僕のリスクに対する高い意識が仇になるとは。「立ったままオシッコをしたらどうなるか…お話したよね?」という妻と、立たなくなったもので便器に狙いを定めている僕。二人の間は数十センチ。尿そこ数十センチメートル。だが心の距離は何光年も離れてしまった気がした。ズボーンとパンティーを膝まで下ろした尻丸出しの情けない姿で背中から小便について説教を受ける。43才晩秋。もう、あんなみじめな思いはしたくない。これがきっかけで妻との冷戦ははじまった。妻は「今後は抜き打ちでドアをあけてチェックいたします」と宣言した(追記/ちなみにトイレ掃除は僕の担当である)。安心してトイレにも入れないタイトロープな生活がはじまった。僕はもう覚悟は決めている。二度と立ちションはしない。僕には見える。ドアをあける妻の目前で堂々で足を広げて座りションに集中する僕の勇姿が。いつドアをあけても構わない。オッケーだ。大事なのは何か問題が起こったときに鍵をかけないことなのだ。心にも。トイレにも。(所要時間19分)