Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

AIに「プロの謝罪」ができますか?

先日、謝罪(とクレーム対応)のために北関東エリアまで車で赴いた。気の乗らない、嫌な仕事だ。再発防止対策は万全を期していたが、嫌味のひとつふたつはいわれる。最悪なのは、謝っているのに謝ったら済むと思うなと言ってくる人、何をしても怒りをあらわす人がいることである。そんなとき僕は、上野クリニックのCMに出てくる男性タレントのように首を縮めて時間が過ぎるのを待つことしかできない。

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(群馬県太田市の道の駅にて。太田市はプロバスケチームのホームタウンだ)

2時間半ほどの道中、AI技術が発達したらこういう嫌な仕事をやらなくてよくなるのだろうかと考えた。人間の弱点をカバーし、嫌な仕事を軽減するために技術はある。AI技術であれ、例外ではない。だとすれば謝罪のような嫌な仕事こそ真っ先にAIに投げていくべきだ。しかし、仕事というのは相手があって成立するものでもある。謝罪を受ける側の立場になってみたときAIの謝罪を謝罪として受け入れられるだろうか。AIを搭載したロボットが謝罪のために出発する。ロボットの外観は、僕個人としては寺沢武一先生の描くセクシービキニ美女にしたいが、多様性に配慮して、ボスボロットのような外観になってしまうだろう(ボスボロットの外観を知らない若者はこちら→超合金魂GX-10 ボスボロット)。ボスボロットが土下座をして「ご迷惑をおかけしました」と謝罪したところで受け入れられるとは思えない。「AIに謝罪させるとは誠意が感じられない」と怒りに再点火するかもしれない。このように考えると謝罪のような、気持ちが求められる仕事は人間の仕事になる。

「AIに仕事を奪われる」という悲観的な未来予想図がある。ブレーキランプ5回点滅でヤ・バ・イ・ヨ・ネのサインを出すのは時期尚早だ。安心してほしい。謝罪やクレーム対応といった感情が必要とされる仕事はしばらくのあいだは奪われないからだ。謝罪のようなクソみたいな仕事が残される一方で、創造的なクリエイティブな仕事はAIに奪われていく。先日、一週間後の納期の企画提案に急遽イメージ図が必要になって、付き合いのある業者に依頼したら「ギリギリになってしまう」と泣きつかれた。生成AIを使ったらあっという間に出来てしまった。これまでの付き合いがあるのでその業者に発注して納期に間に合わせたけれども、生成AIに奪われるのは時間の問題だ。だって生成AIのほうが「うまいの、はやいの、安いの~」の牛丼音頭状態だからだ。そもそも新しい技術によって労働が軽減される(奪われる)のは過去の歴史が証明している。蒸気機関によって人力労働が奪われたように、AIによって創造的労力が奪われる。それだけのことだ。悲観的にならなくていい。僕たち人間はこれまでゴキブリのようなたくましさを発揮して新たな仕事を見つけてきた。それに謝罪という人間様にしかできないクソ仕事が残されている。創造性を発揮しなければいけない仕事はAIに任せればいい。仕事で使わなくなった創造性を自分のために使えばいいだけだ。

創造的な仕事はマジで頭が疲れる。僕は営業という仕事をもう何十年も続けているけれど、もっとも疲れる仕事は、企画提案を考えることだ。相手のニーズにバッチリこたえたうえで、相手が気づいていないニーズまでくみとったコンセプトと、それを端的にあらわすフレーズを考えるのが本当にむずかしい。それさえカチっとハマればあとは経験でなんとかなってしまう。逆にハマらないときは、的外れで独りよがりの企画提案となって失注の可能性は高まる。だから企画提案の最初の一歩を考えるとき、ものすごくストレスと疲労感を感じる。ぐったりしてしまう。これをAIにやってもらえるのなら、助かる。余談だけれど、世にあふれているSNSからトレンドを検索・抽出してバズる企画を生み出すみたいな、僕からみればドブ川からクソを拾うような似非クリエイティブ仕事は今すぐにでもAIにやってもらったほうが精度が高くなっていいだろう。クリエイティブな皆さまの高度な感性と労力と時間を浪費するまでも仕事だからだ。AIによって創造性を仕事で使わなくて済むようになれば、これまで「仕事で疲れている」「時間がない」という理由で使うことができなかった創造性を、プライベート、個人のために使える余力ができる。新しいタイプのアーティストがサラリーマンから生まれてくるかもしれない。貴族のものだった芸術が、ようやく完全に庶民のものになるのだ(大袈裟)。

最近の(特に)生成AI技術の発達は目覚ましいものがある。創造的分野の仕事はAIに奪われるだろう。僕らに残されるのは謝罪のようないわゆるクソみたいな仕事かもしれない。いいじゃないかそれで。頭を使う仕事をしなくていいんだラッキー!と前向きにとらえて、ぺこぺこ謝っていればいい。仕事で使わなくなった創造性をプライベートで活かして充実した人生にしていけばいい。「AIに仕事を奪われる」は「AIで創造性と労力を節約できる」なのだ。そのようにとらえれば、クソみたいな謝罪クレーム対応行脚も人間にしか出来ない仕事なんだと少しはマシに思える。鹿威しみたいに頭を形だけペコペコ下げるだけの気持ちの入っていない謝罪をしていると、感情のないAIに謝罪業務まで奪われてしまうから少しは気持ちを入れてプロの謝罪をやっていこうではないか。ペコリーノ!(所要時間38分)