Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕のクソったれな人生に起きた小さな奇跡について話そう。

いいことなのか、それとも、悪いことなのかはわからない。ただひとつ言えるのは、長年悩まされ続けた便秘がある日、突然、完全に治ったということだ。行楽にもコーラックが手放せなかったほど深刻な便秘だったので不可逆的であることを今は祈るばかりだ。治りすぎた感すらある。おかげで毎日、入浴後に襲ってくる猛烈な便意と闘っている。入浴後の清潔な身体を無効化する、恐るべき便意。便秘との戦争の果てに便意との戦争が待っているとは…人生は争いばかりで虚しくなる。突然だが、JR東海道線の横浜~戸塚間をご存じだろうか。通過するのに約10分間もかかる死の区間、デスゾーンである。先日、都内のクライアントとの打ち合わせに向かうために乗り合わせた朝の満員列車が戸塚を発車して、死の10分間区間に入るやいなや、猛烈な便意に襲われた。その時、後ろにいたギャルとの距離は数センチ。10分後、僕は彼女から逃げるように駆け出していた。尻から溢れ漏れるガス。音は技術で消せるが臭いは消せない。僕の背中に顔を押し付けるような体勢のギャルに間違いなく臭いは直撃していたはずだ。そのうちにガスにしてはありえない熱量と質量を伴っている何かが溢れでそうになった。前線を突破された僕は尻の筋肉に力を入れキュッと締めることで最終防衛線を作り出そうとした。質量と熱量の進軍速度は遅くなったものの、完全には止まらない。ギュルギュルギュル。うなる胃腸。進軍速度毎分0.5センチ。まるで硫黄島で待ち伏せていた日本軍の猛攻を受けるアメリカ海兵隊の進撃速度。なぜ止められないのか。理由には薄々気づいていた。若かりし頃に犯した罪への罰である。もう時効と考えているけれど、前世のような遠い昔、僕は一時期店舗型のマッサージサービスにハマっていた。イケないところをいじられる退廃と快楽に身を任せ続けた結果、尻の筋肉が緩んでしまったのだ。前前前世の前立腺がこんなことになるなんて、あの頃の浅はかな自分を殴りたいと思った。ギュルギュルギュル。容赦なくうなる胃腸。満員電車を移動して別の車両にあるトイレを目指すほどの筋力は残されていなかった。もうダメだ。満員電車でメルトダウンという最悪な事態に瀕した僕は無になった。抵抗していた質量と熱量をもった何かに対して抵抗するのではなく、受け入れることにした。物体が押し出されるのは、何か、力が加わっているからだ。その力を抜けば、物体は押し出す力もなくなる。なんということでしょう。求められるのは勇気。尻の筋肉を緩めるアンビシャス。かつて「キャプテン翼」の大空翼君は、シュートを恐れるようになったGK森崎君にこんなことを仰っていた。「ボールは友達。怖くない」と。友達になれば怖くない。そういえば、トモダチナラアタリマエ!とアルシンドも言ってた気がする。やる。やれる。質量と熱量をもった何かを友達にできる。一瞬、力を抜いたその瞬間。それまでとは比べものにならない、ラスボスめいた熱量が落ちてくるのを感じた。コンマの単位でふたたび尻の筋肉に力を入れ、ウン河を閉鎖した。危なった。勇気だけじゃ何も解決しない。そんな当たり前の事実を僕は忘れかけていた。人生をかけて習得した技術で音は消せても、臭いは消せない。背中にいるギャルが倒れたり大声をあげたらどうすればいい…。車掌のアナウンスが横浜駅への接近を告げた。ギュルギュルギュル。無慈悲は胃腸がうなりをあげる。もう抑えきれなくなって、ぷすー、という哀しげなパンク音が尻から漏れ出している。電車が横浜駅のホームに滑り込んだ。僕はギュルギュルギュルの直撃を受け続けたギャルの顔を見ないようにして電車から逃げ出した。左右の尻の肉がズレないように、細かなステップで階段を一段一段、一歩一歩、その着地の衝撃が胃腸を刺激して、ギュル、ギュルと鳴るのを堪えながらトイレを目指した。目撃者からは、ギャングに尻を拳銃で撃ち抜かれたガンマンが、命からがら恰幅のいいマスターのいる馴染みのバーに逃げ込むような姿に見えたのではなかろうか。そんな状況で僕は二つの美しい奇跡を目の当たりにする。奇跡1。朝の通勤ラッシュの横浜駅にもかかわらず、トイレ待ちがゼロであったこと。奇跡2。あれだけ質量と熱量を感じていたにもかかわらず、膝までおろしたブリーフは履いたときと同じ美しさをたたえていたこと。これを奇跡と呼ばずして何を奇跡と呼ぶのだろうか。僕たちはしょうもない人生を生きていて、神様はときに見て見ぬふりをする意地悪な存在だけれど、自分の力のかぎり頑張っていれば、小さな奇跡は起こせるのだ。きっと、10分間にわたり僕を悩ませ苦しめ続けた質量と熱量をもった何かは神様が時空の狭間にでも飛ばしてくれたのだろう。もう、しばらくは僕の身に奇跡は起きない。今後、素晴らしい人生を送るうえで、必要なのは信仰ではなく下痢止めなのだ。 (所要時間21分)

人は誰かにはなれないけれど。

昨夜、サッカーで日本とパラグアイが激闘を繰り広げているまさにそのとき、僕は、二本のセクシー動画とバイアグラで激闘を繰り広げていた。家族に見つからないよう、声をひそめてポニーテールをシュシュする悦びに浸っていたのだ。突然、理由もなくアニマルになったのではない。最近、10日ほど僕を悩ませていたミステリーがすっきりと解決し、安心したのだ。先日(先月末)、父の命日の朝に墓参りに行った。いつもの墓参りとはちがった。僕と母が墓に着いたとき、すでに墓前には盛大に花が飾られていたのである。父の命日を知っている、近しいが家族ではない人物による花、主役の向日葵とエキストラ・フラワーズ。ここ十年ほど、家族や親族以外で墓参りに訪れる人はほとんどいなかった。墓参りのスタートは、前に自分たちが飾った花を片付けるのが常となっていたので、僕らを待ち構えていた小さな向日葵の黄色と茶色の鮮やかな色彩には、日常に意外が差し挟まれるときに感じる、あの、小さな不吉と不安を覚えながらも、驚かされてしまったのだ。いったい誰が、この花を?その謎を僕は解けなかった。手の付けようのない謎にお手上げ状態だったけれど、2週間前に届いたきりリビングのテーブルの上で存在を忘れられていた一枚のハガキに母が気づいた瞬間、あっさりと謎は解けてしまう。個展の開催を知らせる、どこか田舎の風景を切り取った油絵の写真が印刷されたそのハガキは父の学生時代の友人からのものだった。詳しいことは知らないが、父とその人は北陸地方にある、とある高校の美術部で腕を競いあった仲で、同じように工業デザイナーになった。その人は、今は故郷の北陸を離れて、九州の片田舎で、定年退職後の人生を絵描きとして送っている。ハガキには「東京で個展を開くので、是非、お越しください」という母へのメッセージが添えられていた。父との関係と、東京に来ているタイミングから、向日葵の主はこの人だと思った。確かめもしなかった。ひとつ、その人について印象に残っていることがある(だから覚えていた)。父の葬儀のあと、友人一同でウチを訪れにきたときのことだ。多くの人が僕の姿を見て「父と似ている」と感想を述べていくなかで、その人だけは「あまり似ていない」と言ったのだ。なんてことのないその一言で随分と救われた気持ちになったのを今でも僕は覚えている。ハガキには、もうひとことメッセージが添えられていた。「カツジの分も20年以上描きつづけてきました。最近、また画風が変わってきました」カツジとは父の名前である。母はよく「忘れてあげてしまうほうが亡くなった人間は幸せ」と言っているのだけれど、それは、少ないけれども、こうしてときどき思い出してくれている人が存在しているから言える言葉なのではないかと僕は思った。その父の友人は、僕のことを父と似ていないと評したあとで、あいつはフザけている奴だったから許してやれよ、とも言ってくれたその人は、父の分まで生きろみたいなアホなことは考えなくていいと乱暴な言いかたで言ってくれたのだと僕は今も思っているけれど、誰よりも父のぶんまで生きてくれていたのだ。大好きだった絵を描きつづけることによって。死んでも、誰かの重荷になるのではなく、人生に染み入るようにして生き続けられるのなら、人生も捨てたもんじゃない。動物嫌いで、庭をいじることもなかった母は、今、実家の庭の手入れをするのが楽しくて仕方ないらしく、毎年、可愛がっている紫陽花が咲くのを楽しみにしている。最近は「犬を飼いたい」と言い出している。20年間、我が家の番犬として活躍していたのに母から、うるさい、くさい、食べ過ぎと毛嫌いされていたタローが不憫でならない。許せタローよ。庭も動物も父が好きだったものだ。タローの暮らしていたあたりには花が咲くようになり、主を失った犬小屋の屋根にはときどき野良猫が居眠りをしている。さりげなく繋がって続いている。心を受け継ぐ、とか、想いを繋ぐ、みたいなヘビーなものではなく、ゆるやかにさりげなく続いていくものの強さ。それを僕は知った。今週末、たまたま出張で訪れる先の町で開かれている父の友人の個展を見に行くつもりだ。彼は父の年齢に近づいた僕をみてなんていうのか楽しみだ。フザけた人生を送ってきたか?と言われたら、最高だ。僕は、50年以上前の雪の降りしきる北陸の田舎にある県立高校の美術室でフザけながら絵を描きつづける二人の高校生の姿を想像してみた。その思い描いた情景に付ける題名は、ついに浮かんでこなかった。それはきっと僕が彼らの人生のエキストラにすぎないからだろう。(所要時間22分)

僕の会社における働き方改革とそれを動かす闇の力について。

僕は現在、食品関係会社の営業開発部長として働いている。先日、早朝部長会議が行われ、社長から「現状の給与や待遇を維持しつつ、現在8時間の所定労働時間を7時間へ短縮するための研究をしろ」と指示が出た。簡単に短縮できそうだが、よくよく考えてみるとなかなか難しい。取引先との調整が不可欠であるし、社長から《1.会社全体同時に》《2.事業に支障なく》《3.速やかに(来期)》という3条件が出されたからだ。即座に出た「会社の管理部門だけであれば速やかに実施が可能」という意見に対しては、社長はフェアではないと却下した。「経理や総務に携わる人間から導入したら、他の部署は面白くないと思わないか?」「出来ることから取り掛かるのは大事だが、その前提にはフェアさがなければならない。管理部門から導入はフェアではない」と社長。すげえ。僕が前に勤めていたブラッキーな会社で「フェア」なんて言葉を発したら、その瞬間、足下の床に穴が開いて地獄へ落とされるだろう。就業規則等の変更、スキームの改訂、各契約の見直し、生産性の向上、効率化を同時に進めていかなければならない。僕が預かっているのは営業開発部門だ。新規開発のベースになる訪問数や見込み客数といった「数」は、原則、営業にかける時間に比例して増えていく。つまり、今、僕が取り組んでいる営業開発部における効率化も「営業にかける時間を増やすための効率化」であり、そもそもの労働時間を1時間短縮するというのは、前提条件が変わってくるので、「聞いてないよ!」レベルのなかなか厳しい宿題なのだ。月20日×1時間短縮=月20時間短縮。きっつー。「ノルマや売上の目標数値を1時間分下げるというのは…」、僕がジョークのつもりで言いかけたのを「事業に支障なく、と言ったよね」とピシャリと遮った社長の乾いた笑顔がまだ頭から離れない。人手不足というと真っ先に名のあがる介護業界や保育園業界に負けず劣らず、僕のいる業界も人手不足だ。労働力人口は減る一方なので、このままでは事業が回らなくなってしまう。特にウチの会社の手がける店舗は「手作り」を付加価値にしているので、機械化には限界があり、どうしても労働集約型にならざるをえず、人材不足は致命傷。社長の狙いは、働きやすい環境による人材の確保と流出の阻止である。表向きは。だが僕は知っている。今までの経験で上から発信の改革が打ち出されるときはだいたいロクでもないことを知っている。ブラッキーな環境で研ぎ澄まされた生き残るための嗅覚がくんくん反応していた。こいつはくせえッーと。なので、会議に出席している面々の醸し出す、「環境が良くなるヤター!」みたいな空気は理解しがたいものがあった。社長は釘を刺すつもりだろうね、「予算や数値目標は最低の目標であって、これをクリアするのは当たり前であり、たとえ労働時間を削減しても、必達しなければならない。もし、仮に一時間が簡単に削減できるようなら、キミたちが今、部下に課している仕事、つまり仕事のスキームに甘さがあったということだよ」とお考えを述べられると、一同シーン。突然、「これは難題だ…」「今でも切り詰めているのに…」「達成出来るかわからない…」と白々しいことを言い始める各々。大丈夫だろうか。社長は人材の確保には職場環境の改善が必要といい、そのためには生産性を向上させなければならないと言っているが、たぶん、本音はちがう。逆だ。社長の本当の目的は、ともすると労働集約型事業であることを理由に、徹底的な検討を避けてしまいがちな、生産性の向上にこそある。実際、社長は「条件がクリアできなかったら、労働時間カットは見送る」と宣言している。僕には社長が「現有戦力を限界までコキ使う」と言っているように思えてならなかった。生産性を高めるとは悪い言いかたをすれば社員コキ使いである。各セクションの長は、労働時間短縮のために生産性の向上に取りかかるだろう。それなりの結果は出るはずだ。最悪、生産性向上以外の条件がクリア出来ずに労働時間カットが見送られたら…コキ使いが8時間も続いてしまうだけはないか、超きっつー、と会社を信じることが出来ない僕などは考えてしまうのだ。負け方の下手な今の会社の皆さんのなかで、そういう考えをする人はいないみたいだが、おめでたいことである。まあ、僕に出来ることは与えられた難題をクリアするしかない。会社の労働環境を変えるために必要なのは、働き方改革、職場環境整備や生産性の向上などなどいかなる旗のもとであっても、「社員を使い切る」というトップの考えであり、それはブラックだろうがホワイトだろうが変わらないように僕には思えてならない。もしかしたら、ブラック労働になるかどうかを分けているものは、法令を遵守しているかどうか、トップが責任を取るかどうか、社員に利益が還元されているかどうか、そのくらいの違いしかないのかもしれない。まあ、その違いが大きいのだけれどさ。(所要時間23分)

社畜は死なず、ただ消え去るのみ

あまり自覚はないのだが、かつて僕は社畜だったらしい。インターネットで職場の愚痴を書き連ねているなかで指摘されたのだ。あなたは社畜だと。「海の家の店長代理として炎天下30日連勤」や「朝4時ヘルプ出勤午前中いっぱいマッシュポテト等仕込み調理従事/午後からは通常勤務(営業職)復帰18時まで」等々、今振り返ってみると、我ながら都合よく会社に使われていたと感心してしまうが、そういう僕の仕事ぶりが社畜と揶揄されてもまあ仕方ないとは思う。一昨日、数年間のリーマン生活を経て脱サラしてコンサルをやっている知人が僕の会社へ来た。商談である。どこかで僕がそれなりの立場にあることを聞いたらしい。簡単なプレゼンのあと、彼は「会社勤めをやめて良かった」「自分の力で未来を切り開くのは楽しい」「会社員なんてよくやっていられるな」と言った。さすがに社畜という言葉は使わなかったけれども、言わんとしていることの意味は同じだったと僕は確信している。お前は社畜だと。僕が社畜かどうかは皆さんの判断にお任せするが、少なくとも、ごくまれにジョークで言ったときをのぞき、つまり本気で、自分のことを社畜と呼んだことはない。社畜当時はそういう自覚が乏しかったからだが、素晴らしい職場環境で働いている今でもかつての自分を差して社畜と呼んだことはない。実際のところ、当時のことをディティールまで思い出すことは苦痛で仕方ないのだ。時折、ジョークで面白おかしく取り上げることはあっても、人に話せないような本当に苦しかったことは、まだ誰にも話していないし、文章にも出来ないでいる。消化できていないのだ。書き仕事の際、担当の編集さんからよくブラック時代のエピソードをリクエストされるのだが、そのたびにこめかみがズキズキし、目の前がクラクラする。ひとことでいえば、思い出したくないのだ。きっつー、なのだ。一方で、世の中には自分からすすんで社畜アッピール、ブラック勤務アッピールをしている人が存在する。それは個人の考え方なので他人の僕がどうこういうことではないし、実際に今、厳しい環境で働いている人の愚痴や文句なら、かつての自分がそうだったので理解できる。不思議でならないのは、冒頭に書いた知人のように、すでに会社を辞めて新たな会社で働いていたり、会社勤めから脱して晴れてフリーな立場になっているのに、社畜時代・ブラック勤務についての恨み節を唱え続けている人だ。厳しい環境から脱して新たな環境を手に入れたならポジティブに前を向いていけばいいはずだ。人生は短い。かつての思い出したくない環境のことを考えている余裕などないはずなのだが、暇なのだろうか。そういう人たちは僕のような人間を指して、会社に縛りつけられている社畜と嘲笑う。会社員なんてよくやっていられるな。こちらは自由に好きなことで生きていくよ、と。勝手にやればいいのに、なぜ、宣言が必要なのだろう。やはり暇なのだろうね。僕のように会社で働き続ける人間と、会社を辞めて晴れて自由になったのに、いつまでも会社や会社という仕組みに呪詛を吐き続けている人間、どちらがホンモノの、あるいは深刻な社畜といえるだろうか?会社に縛られているという意味では両者とも変わらないが、辞めてなお、自ら会社に縛られにいっている後者のほうがホンモノの社畜だと僕は思う。マジ尊敬の対象。まさか、思ったよりも会社がつまらなかったというだけで、たいしてブラックな環境でもなかったのに、かつての職場をブラックと呼び、社畜経験アッピールをしている人はいないと僕は信じているけれども、信じる者は救われないのが最近の世の中だから悲しい。本当にそういう人がいるなら、自分のためにブラックを利用しているので最悪だと僕は思う。あと、部長になった僕を訪ねてきた知り合いには「そんなに会社とリーマンが嫌いなら会社と取引しなければいいじゃん」つって商談を打ち切った。会社に使われている身でもそれなりのプライドはあるのだ。今、僕は自らの目標のために会社を利用して働けているのでまあまあ幸せである。(所要時間19分)

元給食営業マンが給食会社シダックスのカラオケ事業の進出と撤退について考察してみた。

シダックス カラオケ運営から撤退 | NHKニュース

シダックスがカラオケ事業から撤退、今後は給食事業に集中。僕はニュースそのもより、シダックスが給食会社であることを知らない人が多いことに驚いてしまった。シダックスは日本有数の給食会社である。僕は、給食の営業に携わっていたので(今もだけど)、シダックスといえば競合相手、給食会社(通称/シダ)という認識しかないが、業界の外にいる人たちが、驚くのも無理はないとも思う。カラオケと給食ではイメージが違いすぎるからだ。僕は給食営業時代にシダックスの営業マンから、カラオケ事業について聞いたことがある。今回は、その情報をベースに、なぜ給食会社であるシダックスがカラオケ業に進出することになったのか、そして撤退の理由について、給食会社の営業マンの目線で考察してみたい。

物流で利益を出す仕組み

エス・ロジックスという会社をご存じだろうか。食材の一括購買と物流、セントラルキッチンを運営しているシダックスのグループ会社である。シダックスが受託している社員食堂や病院で使用する食材は原則エス・ロジックスのものを使うことになっている(シダックス以外の大手給食会社も同じような物流会社を持っている)。つまり給食事業本体は労働力集約型だが、食材については集約と効率化がはかられている。

簡単に説明すれば、とある社員食堂の責任者が単価300円の食材を食材物流会社に発注して、300円で納品される場合。食材物流会社がその300円の食材を280円で調達(仕入・製造)できれば、その時点で20円の利益が残る(実際にはもっと利益は出しているはず)。

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極端な言いかたになるが、給食事業において苦労と面倒は給食会社(シダックス)で、利益は食材物流会社(エス・ロジックス)という構図である。よく、シダックスの営業マンが「俺たちが苦労して取ってきてもウマミは全部エスロジが持っていってしまう」と恨み節をいっていたのはそのためだ。給食事業本体で利益が出なくても、グループとしては利益が出せる仕組みだ。

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▲「俺たちが仕事を取ってきてもオイシイところは持っていかれてしまう」の図

なぜシダックスのカラオケ店が郊外にあるのか。

このエス・ロジックスを有効活用すれば利益は出せるとシダックスの誰かが気付いたのだ。それがカラオケだった。全国を網羅する調達と物流のシステムがあれば、納品先を増やせば利益は増える。シダックスは全国の会社・工場・病院で給食事業を展開しており、それに対応した物流網を持っている。もし既存の物流ルート上に、食に係る事業を起こし、そこに納品すれば収益はあがる。その食にかかる事業がシダックスの場合はカラオケ事業だったのだ。シダックスのカラオケが郊外にあるのは、エス・ロジックスの物流ルートにあるからである(これは営業マンから聞いた話で真偽は定かではないだが、最初はカラオケ屋ではなくデイ・サービスやコミュニケーションスペースを展開するつもりだったらしい)。つまり、正確にいえば「給食事業からカラオケ事業に進出した」ではなく、食材物流を有効活用の結果としてカラオケ事業に進出したのだ。すべて、物流の有効活用の産物なのだ。

カラオケ事業が本業以上に効率的でハマった!

このカラオケ事業が時代のニーズに合ったのだろう、本業の給食事業以上に大当たりした。シダックスといえばカラオケの代名詞になってしまう。毎日利用する社員食堂や病院食は基本的に日替わりでメニューを展開しなければならず、効率化が難しいが、カラオケは基本的に固定メニューのため、コストを圧縮することが出来た。また、カラオケは社員食堂や病院食よりも客単価は高く利益が確保できた。エス・ロジックスは給食事業以上にカラオケ事業がハマったのだ。

給食事業はローリスクローリターンの商売である。社員食堂を給食会社が受託する場合、原則、社員食堂の厨房やホールといった設備、厨房備品、食器・什器、光熱費は委託するクライアント負担であり、すべてを自前で準備しなければならない外食レストラン事業に比べてリスクは圧倒的に少ない。シダックスが手掛けているカラオケ事業はどうか。土地や建物、厨房設備や備品、食器からカラオケマシンまですべてシダックスが準備しなければならない(リースの場合もあるが)。給食事業に比べると、ハイリターンだがリスクは高い。

カラオケ・シダックスの弱点

カラオケ事業は低価格と駅前に出店するビジネスモデルに移行した。それほど安くない、郊外中心に展開しているシダックスのカラオケは時代に取り残された。売上が減り、先ほど挙げたリスク(投資)と物流コストをカバーできなくなったため、カラオケ事業から撤退することになったのは想像に難くない。

なぜ、シダックスのカラオケが低価格化と脱郊外へ向かわなかったのか。それはシダックスのカラオケ事業が、エス・ロジックスの抱える物流の有効活用を出発点にしているからである。エス・ロジックスはもともと給食事業のものである。カラオケは副産物にすぎない。既存の物流ルートを変えたり、低価格商品を開発するような、余計なコストをかけるようなリスクを取らなかったというだけのこと。その判断は間違っていないと僕は思う。

まとめらしきもの

一時代を築いたカラオケ事業からの撤退はショッキングかもしれないが、ここ数年は苦戦が続いていたので、シダックスのカラオケ事業撤退はむしろプラスになるのではないか。冒頭に述べたようにシダックスの利益の出し方を思い出してほしい。エス・ロジックスという物流システムと既存の給食事業があれば利益は出せるのだ。これからは給食事業のためにつくりあげた物流システムを本来の目的である給食事業に集中投下できるのだから。シダックスのホームページのグループ概要をみてほしい。

グループ概要|SHIDAX

組織図の上にあって、シダックスの各事業に関わっている組織はどこか。エス・ロジックスだ。シダックスの基盤は給食でもカラオケでもなく物流なのだ。一世を風靡した野球チーム(ドラフト一位選手も出した)やカラオケのシダックスがなくなってしまうのは、給食に携わった者として少し寂しい気もするが、まあ時代は移り変わるものだからしょうがないね。(所要時間42分)

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