売り言葉に買い言葉で進退をかけたら死んだ。事の始まりは春先の幹部会議。その席で僕は3件の重要な案件の進捗について社内プレゼンをした。話を終えると取締役の1人から「どの案件も会社の将来がかかっている。進退をかけて臨むように」と言われた。進退をかけるとは結果が出ればオッケーだが、結果がでなければ責任を取るということ。なぜ、会社の幹部というよりは会社の患部的存在から、無条件に進退をかけさせられなければならないのか!という怒りはあったものの、しくじりが許されない案件であることには変わりなく、案件の見通しに自信もあったので、売り事に買い言葉で「進退かけますよ」と口に出してしまったのである。
1件目は夏に結果が出た。東海エリアの足がかりとなる案件である。成約。進退をかけた戦いに挑み、勝って、生き残ったのである。取締役に伝えると「あと2件ある」と冷酷な対応をされた。進退についての考え方の差異が明らかになった瞬間でもあった。僕は重要案件3件のうち1件でも成約すれば、進退の「進」、すなわち生存ルートに入れると解釈していたが、取締役は重要案件1件のクリアでは「進」としなかった。進と退は等価交換できなかった。競合相手もいるので連勝は難しい。きっつー。無理ゲーなニオイがぷんぷんしてきた。
2件目は9月に結果が出た。一応、成約。一応となってしまったのは、厳しい交渉のうえ条件を譲歩したからだ。だが勝ちは勝ち。3件中2勝なら生存ルート「進」へゴーだろう。常識的に。勝率6割6分6厘だ。そう確信して取締役に報告すると「3件成約してこそ意味がある」という無慈悲な対応をされた。「こいつ…やはり幹部ではなく患部だ…」と憤ったが後の祭りである。取締役にとって進退の進は退の3分の1の価値しかないのであった。
3件目の結果は今月末である。予算規模は3件の中で最大の重要案件だ。最終選考には残っているが、業界内では大手とされる会社も参加しているので、正直厳しい。1件でも失注したら進退の「退」、すなわち死亡ルートへ直行となるゲームオブデスに参加した時点で負けだったのかもしれない。これまで勝ち取った2件は無価値であるはずがないのだが、おかしい。納得できない。
これまでは進退の退にフォーカスしすぎていた。退が、文字通り責任を取る=最悪は職を辞すであるのなら、その反対の進は出世昇格昇給でなければならない。中間報告の際に、取締役へ訊ねた。「仮に3連勝を決めたら私にはどのポジションが与えられるのですか」出世などどうでもいい。大事なのはそれに伴う待遇。マネーだ。回答は衝撃的であった。「現状維持だよ」我が耳を疑った。取締役の解釈では進は現状維持であった。つまり3件成約でも得るものはなく、1件でもしくじったら大ピンチ。「進退をかける」童貞の僕が甘かったのだろうか。それとも進退を進と退に分けて解釈していた僕が間違っていたのだろうか。つか進がしょぼすぎやしないか。
そういえばウチの会社の上層部たちはどれほど重要な事案であっても「進退をかける」とは言わない。きっと「進退をかける」が、己への死亡宣告であることを知っているからだろう。今の僕には「進退」が「死に体」に聞こえる。(所要時間18分)