Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

26年の新規開拓営業経験を武器に6人のマンション営業を撃退した話

昨年の秋からしつこい油汚れのようなマンション営業を受けていたが、営業職26年の経験を活かして、ようやく撃退できたっぽいのでその話をしたい。

ことのはじまりは家族(奥様)からの「最近、ポストに新築マンションのチラシが入れられている」「夕方、マンションの営業が来るようになった」という報告であった。僕は現在、諸事情により賃貸マンションで暮らしている。40代。中間管理職。子供はいない。新築マンションの購買層としてロックオンされていたのだろう。奥様は営業に「平日の午後に来られても、主人はいない。我が家の決定権はぜんぶ主人にあるから主人がいるときに来なさい」と責任転嫁した。夕方、「相棒」の再放送を観るのに忙しいからといって僕に丸投げするのは酷い。実際のところ、僕は、歯磨き粉ひとつ買う際でも奥様の顔色をうかがっているからだ。「そんな決定権がお前にあるのか」と虚空に向かって叫びたい。もちろんこの「お前」は彼女を呼び捨てているのではなく、僕自身を指している。念のため。

第一使徒シンジン。

マンション営業がやってきた。土曜日の午後だ。顔の白い若者であった。「あの、実は、本日は、どこどこにマンションが建立されまして」という説明の拙さから、一瞬で、新人だとわかった。海沿いのナイスな立地に良い感じのマンションを建てたのでいかがっすか、という趣旨の話を、だらだら、ブツ切りで話す彼の姿に新人時代の自分を重ねてしまった。シンジンに「マンションを買うつもりはない」と言い切ってから、「リストを持たされて上からまわってこいといわれているのだね。僕も営業だからわかるよ。マンション買うつもりはないけどさ。商談をするときはまず名乗りなさい。上司からそう教わっているはずでしょ。そのとき相手の反応をみて名刺を出すなり、話を切り出すなり、打ち切るなり、判断して次のステップに進むこと。いっとくけどウチはノーチャンスだよ。見込みのあるターゲットに絞りなさい。とりあえず名刺はもらっておくから。今後キミは来なくて良い。リストにはバツ、見込みナシと書いておいて」とレクチャーをして差し上げた。

シンジンが、「パンフだけでも」というので「要らないけど消化しないと困るだろうから預かっておく」といって受け取り、「じゃあウチ以外への営業頑張って」といってドアを閉めた。奥様からは「なんで長々と話しているの。追い返せばいいじゃない」と文句を言われたが「武士の情けだよ」と弁解した。きっつー。
 

第二使徒パイセン。

翌週またマンション営業マンがやってきた。土曜日の午後だ。顔の黒い若者であった。「お休みのところ申し訳ありません」、最初に自己紹介をして名刺を出してきた。名刺にはシンジンと同じ会社名が記されていた。先週のシンジンは、僕の「今後キミは来なくて良い」という助言を間違った方向に解釈してその流れでパイセンが来たっぽい。マジか。その図太さをプラスにしてもらいたい。

パイセンは、海沿いのナイスな立地に良い感じのマンションを建てたのでいかがっすか、という趣旨の説明を流れるように行った。いかにも慣れた様子で業務的に話す姿が日焼けした顔面との相乗効果でちょっと嫌な感じを受けた。日焼けした顔面で、業務的・機械的に話す姿は受け手からはこう見えるのか、気を付けたいものだ。せめてもの救いは僕の顔色が青白いことだ。「先週もおたくの会社の別の営業マンが来たよ。ウチはマンションいらないからとはっきり伝えたけど」というとパイセンは「え。本当ですか?」と白々しい反応を見せた。営業マンとしてその図々しさはヨシである。「先週きた人には言ったけれど、ウチは見込みなしだから。ウチで時間を潰しているくらいなら他を当たったほうがいい。僕も営業の仕事をしているけど見込みのない相手に時間を使うほど無駄なことはないですよ」「確かにそうですね。でも少し時間をいただけないでしょうか」こいつ人の話聴いているのか。「でもではなくて何もマンション買わないから」「買わなくてもいいから一度モデルルームに来てもらえませんか」「買わなくていいならモデルルーム行く理由がないでしょ。とにかく終わり。おたくの会社は新規開発の情報共有をもう少しやったほうがいい。さもないと、潜在的な顧客を失うよ。少なくとも断られたら、時間をあけてからアタックしないよ」

パイセンは、一度モデルルームを!と死ぬまで繰り返しそうな勢いだったので、「ごめん、鍋に火をかけているから、ここで」と言ってドアを閉めた。奥様からは「同じ営業であることで親近感を持たれちゃったんじゃないの」と文句を言われたが「同じ穴のムジナだよ」と言うしかなかった。きっつー。

第三使徒レディ。 

第三使途レディが襲来したのは次の週末、土曜の午後だ。あらわれたのはスーツをパリっと着こなした営業レディであった。推定20代。シンジン、パイセンの2連戦で消耗したので、インターフォーンが鳴っても無視をすると心に決めていた。決意を翻したのは、モニターに映し出されたのが若い女性レディの顔面だったからである。営業26年の僕が、哀しきオスの性を巧妙に衝いた、相手の作戦に屈したのである。

レディは、受け答えが上品であったので、前の二人とは別の会社と思いきや、名刺には見慣れた社名。お手本どおりの、海沿いのナイスな立地に良い感じのマンションを建てたのでいかがっすか、という口上を終えたレディは前の二人とは違う方向から仕掛けてきた。曰く、いつからここに在住なのか、いつまで住むつもりなのか、という僕の人生設計を確認したうえで、「月々支払っている家賃と大差ない金額でマンションが手に入るとしたらどうですか?」という魅惑的な言葉を投げかけてきたのである。営業でよくある言い回しであった。《同じ金額でこんなに良くなります》。この種のフレーズに弱い人はいる。都合のよい情報に限定するこの手のフレーズには相手を揺さぶる効果がある。だが、僕は営業マンだ。この手に引っかかるわけにはいかない。「金額だけじゃないから」「ここより駅までの距離が遠くなるのは選択肢として、ない」と僕が営業で断られるときに投げられてきた言葉をアレンジして応じた。

するとレディは、「湘南ていいですよねー」と切り出し、それから「湘南の海が見える環境で、慌ただしい日常を忘れたスローライフを送るの、いいですよえ」などとマネーの話から金以外の価値観・多様性な生き方に話題を変えた。シンジン、パイセンより確実にデキる。僕は「子供のころから毎日このあたりの海を見ているので特別な感情はないですよ僕は。会社員でかつかつの生活を送っているから、かえって、ぼーっと酒を飲みながら波をながめている人や、平日の午後にサーフボードを持って歩行している人を敵視しているんですよ僕は。憧れなんてないんですよ僕は」と答えた。レディはしぶとかった。「今回、ご紹介するマンションは、お客様のあらゆるライフスタイルにお応えできると思います。実際にモデルルームを御覧になっていただけませんか」と食い下がった。「うだつのあがらないサラリーマン・ライフだと諦めているから。申し訳ないけど」といって断った。ドアを閉めてから展示会パンフを持っていることに気が付いた。奥様からは「若い女の子に甘いのではないですか」と文句は言われた。「おっしゃる通りです」としか言えなかった。きっつー。
 

第四使徒スマイルと第五使徒メガネ

第四使徒スマイルと第五使徒メガネが襲来したのはレディ襲来の翌日、日曜の夕方だ。ピンポンの直後、モニターに映し出された薄気味悪い笑顔を浮かべた30代のスーツ姿の二人組の男を見たとき、正直に告白しよう、新しく興された宗的な教の勧誘を思い浮かべた。宗教勧誘担当は奥様なので、僕は奥様の必殺技「宗教の勧誘ですか。奇遇ですね。私も神です」の出番と判断し、彼女に対応をまかせた。「壺には壺作戦」発動である。僕は彼女の後ろで教団の幹部っぽい薄ら笑いを浮かべているだけでよい。気楽だ。ドアをあけて奥様が「神様なら間に合ってます」と二人組に告げたあと、奥様が僕を見て「主人が対応しますね」と言った。なんと勧誘ではなく例のマンション営業の新手であった。

「壺には壺作戦」は空振りに終わり、ロールプレイングゲームの前衛と後衛を変える要領で僕が前に出た。相手の前衛スマイルは営業職の人間によく見られる口角が上がりっぱなしの笑顔を見せる30代後半から40才の男性で、後衛メガネは前衛スマイルが話すたびに頷きを入れる重要な責務を任された30代前半の男性であった。二人は、これまで僕が打ち負かしてきた同僚たちと同様に、海沿いのナイスな立地に良い感じのマンションを建てたのでいかがっすか、という説明を繰り返した。僕も、御社の営業5人目ですよ、御社は引継ぎをしないのですか、買う気はない、とこれまでの主張を繰り返した。出方をうかがっていると「失礼しました。連絡不足が招いた事態です」とスマイルは謝った。後方でメガネも深々と頭を下げている。ちなみにスマイルは笑顔のままである。

これで終わった、と安堵していたら、スマイルがなおも話を続けようとしていた。「同じセールストークはいらないから」と遮るとスマイルは「同じ話はしません」と自信を持って言い、後ろでメガネがアホのように頷いている。その姿を見ているうちに話を遮られて哀しい気持ちになっている営業中の自分の姿が重なってしまって、気持ちとは逆に「少しだけならいいですよ」と言ってしまっていた。後ろから奥様の舌打ちが聞こえた。スマイルは水を得た魚のごとく話し出した。確かにこれまでとは戦略の違う攻め方であった。

スマイル「資産としてのマンションに興味はありませんか?」僕「ありません」スマイル「湘南エリアのマンションはこれからも価値が上がるといわれてます。資産として考えてみては?」僕「結構です。湘南エリアは今がマックスで後は落ちていく一方です」スマイル「失礼ですが、こちらの賃貸は月〇万くらいですか」僕「確かに失礼ですね。金額はビンゴ!よく調べられてますね。営業ならもう少しボカして話すか、ターゲットの口から話させるようにしないとダメだと思いますよ」スマイル「ありがとうございます」僕「褒めていません」スマイル「一度モデルルームに来ていただけませんか。損はさせませんから」僕「得もしませんよね。お話が終わったのでしたらお引き取りください。営業は大変ですよね。僕も同じ仕事をしているからわかります」

敗北を悟ったスマイルは後ろにいる奥様に声をかけた。「失礼いたしました。奥様も営業職ですか?」スマイルは嫌味のつもりだったのだろうけど奥様から「職業はインフルエンサーです」と言われて悲しげな表情を浮かべて帰っていった。メガネは最後までアホのように頷いていた。何しにきたのかわからず、かえって不気味だった。奥様からは「同じリングにあがってはダメ。適当にあしらいなさい」と指導された。僕は「営業はリングに乗っけないと経験値が稼げずに闇落ちするから」と弁解した。きっつー。

 最後のシ者、ジョーシ

第六使徒、最後のシ者、ジョーシの襲来は、一週間後の土曜の昼過ぎである。モニター越しに断るつもりであったが無視できなかった。そこに映し出された同世代の疲れ切った中年男の顔が自分そのものに見えたからである。もらった名刺には営業部部長とあった。これまでのメンバーの上司だと推測された。ラスボスだ。ちなみに奥様は対応する僕に呆れていた。

ジョーシが、自己紹介を済ませ、お約束の、海沿いのナイスな立地に良い感じのマンションを建てたのでいかがっすか、を述べたところで、「ハイ。わかりました。お疲れさまでした」と話を打ち切った。それから、僕も営業職だから大変なのはわかるけど、つって、おたくの会社から執拗に営業を受けていること、引っ越すつもりも資産にするつもりもないと繰り返し、繰り返し、繰り返し、説明してきたことを伝えたあとで「御社の営業部隊の教育はどうなっているのですか?」とたずねた。

ジョーシは「失礼しました。部下たちには失敗を恐れず積極的にいけと言ってます」と言った。部下たちはジョーシの言うことを守ってはいるらしい。「私も営業部門を預かっているからわかりますよ。マネジメントは難しいですよね」と同情してしまった。ジョーシは僕のその言葉で胸に飛び込んだものと錯覚して「先輩。そのとおりです」と調子に乗った。先輩?こいつのこの調子の良さがチーム全体に伝播しているのだと理解した。

「ではこのへんで」と話を打ち切ろうとするとジョーシは「先輩は何歳ですか?」と質問してきた。年齢を答えたら、ローンの提案をされると予測した。仮にそうなら、普段ならサバを読んで若く答えるところを、あえて正直に実年齢を答え「こいつ支払い能力ねえじゃん。対象外。部下たちにも『行くだけ無駄』といっとこ」と思ってもらえばよい。そう考えて正直に「48歳。来月49歳です」と答えた。ジョーシは、少し間を置き、何を言い出すかと思えば「やっぱり先輩じゃないですかー」と言ったのである。

「さっき先輩と言ってしまってから、もし後輩だったらどうしようと思っておりましたよー」だと。そこじゃねえ。貴兄がどうしようと悩まなければならないのは、ターゲットにならない相手に執拗に営業攻勢をかけていることではないの?「まあ、とにかく営業という仕事が報われないことが多くて大変なのはよーく知ってますから、頑張って」と終わらせようとすると、閉めかかったドアの隙間からジョーシが真顔になって「先輩。今です」というので気になって閉める力を緩めると、彼は「今です。今、頑張ってますから助けてください」と調子のいいことを言うので、そのまま僕はドアを閉めた。奥様からは「ラスボス、しょぼかったね」と評価された。僕には「上司ってのはつらいものなんだよ」と言うほかなかった。

このようにして僕は営業という仕事を26年やってきて得た経験を活かし、執拗かつ悪質なマンション営業を撃退することに成功したのである。厳しい戦いであったが、営業らしく対話で相手を撃退したことに今は満足している。営業の敵は営業なのである。なお、あれから一か月ほど経過したけれども、いっさいのマンション営業を受けていないのは奥様が買ってきた「セールスお断りステッカー」のおかげであって、僕の26年の営業経験は何の貢献もしていない。きっつー。(所要時間85分)