Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「他社に切り替えるわ」のひとことで契約解除された。

僕は食品会社の営業部長。2か月前、取引をしてきたA社担当者から「新年度からは他社に切り替えるわ。安いし」という非情なひとことで契約解除通告された。なお、2か月前予告は契約書の解約解除ルール通りである。得意先を失いたくなかったので話し合いを求めたが、「もう社内で決まったことだから」と交渉すらできなかった。

それから2か月。元取引先A社の担当者から連絡があった。「過去は水に流して何とか助けてほしい」と泣きついてきたのだ。新取引先が必要数量を揃えられなかったみたいだ。アホか。「これまで築き上げてきた関係を濁流で流したのはそちらでしょ」と言いたかった。だが、相手の口調から焦りとヤバさを感じたので「考えさせてください」といって電話を切った。

A社との契約条件は厳しかった。納期が厳しいうえ、納品ルールが細かかった。社風なのか育ちの悪さなのか知らんけれども、荒っぽい社員が多くて当社の担当者は疲弊した。近年の値下げ要請にも応じてきた。それでも取引を続けてきたのは、長年、お互いのピンチを支え合ってきた関係性があったからだ。だが、解約された時点で契約条件はリセットされる。お得意様ではなくなる。いったん関係が切れた以上新規顧客となるため扱いもそれに準じたものになる。しかもA社担当者の話によれば社業の存続にかかわる大ピンチなのだ。優位に立って交渉ができると踏んだのだ。

実は、A社からの解約があったとき、選択と集中を掲げていた会社上層部は「いいんじゃね?」みたいなワンダーな余裕を見せた。プライドが高い会社上層部は、自分たちが切り捨てられたことを認めない傾向がある。切られたとしてもこちらから切るつもりだったと受け止めることで自我を保っている、「敗北を知らない」人たちなのだ。上層部は言った。「わが社は事業と経営資源を選択・集中している。選択と集中に聖域はない。A社も同様だ」 負け惜しみに聞こえたのは気のせいだろうか。

時間的な余裕がなかったので、会社上層部の了解のもと関係各所と連絡を取って、A社との事業再開が可能か。検証して調整をした。担当していたスタッフが残っていたので多少の無理をすればできないことはなかった。目途は立った。次は優位な立場から新たな契約条件を設定することであった。準新規顧客として扱うなら。それがA社との事業再開の最低条件として社内コンセンサスをとりまとめた。

A社担当者に目途が立った旨を伝えるべく電話をかけると、衝撃的な言葉をぶつけられた。「納期と納品ルールは以前と同様でよろしく。価格は以前契約していたときよりも安く頼むわ。B社(当社のあとに契約した会社)と同じ金額で頼むよ。ウチにも予算があるからさー」
今なんと。我が耳がバカになったのか。相手がバカになったのか。
彼のいう「水に流して」における流すものは「過去のわだかまり云々」ではなく「前取引時の契約条件」であった。アホが考えることにしても都合よすぎるだろ。

こちらのドン引きしている様子に気づかずに「3割引いてもらいたいところだけれど、2割引きでいいわー」などとクソ発言を続けているので、便所にこびりついたクソのようにわずかに残っていた「助けてあげよ」という気持ちを水洗便所に流すかのごとく流して「無理です」と回答して話を打ち切った。ウォシュレットを使った直後のようにすっきりした気分であった。

会社上層部にも経緯を説明した。「わが社は選択と集中している。それでいい。よくやった」……的な言葉を期待して待っていたら「もったいないだろ。向こうからやってきた顧客を失ったんだぞ。A社とは長い間取引があったのにー」などと言う。「設定した採算ラインに達しない顧客は選択と集中で切り捨てる方針ですよね」「A社は前契約時よりも2割引きを求めてきました。採算アウトです」「選択と集中に聖域はないと仰いましたよね」と食ってかかった。会社上層部は65オーバーの高齢者グループ。そのため、自分の発言を忘れてしまうことがある。意見することで思い出させるつもりだった。

無駄であった。会社上層部は「赤字にならなければいいよ。今からでも頭を下げて取引をしてもらいなさい。頭を下げれば元の条件で再開できるかもしれない」と言った。出た、ワンダー楽観視。2割引きしたら赤字だよ。できるわけないだろ。僕は会社上層部の目を覚ますためにもういちど「我が社の選択と集中に聖域はないと言いましたよね」と食い下がった。会社上層部の一人は真顔で以下のように言ったのです。「わが社の選択と集中に聖域はない。それは間違いない。確かに言ったよ。これはね、選択と集中に固執しないという意味だ。時と場合によっては条件が悪くても排除の対象にならない場合もあるという意味。わかるよね」わからねーよ。以上終わり。(所要時間32分)