Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ビッグモーター社のせいで鬼舞辻無惨様が降臨してパワハラ会議が勃発した。

定例部長会議の終盤にビッグモーター社の話題になった。「あれだけとんでもないことをしでかした会社が倒産しないなら、何もしていない我が社は倒産しない」「ゴルフ好きの風上にも置けない」「除草スタッフはきわめて優秀では?」くだらない雑談だった。平和な空気が一変して地獄になったのは、上層部の一人が何を血迷ったのか「創業者の2代目、息子を要職にするからいけないのですよ」と言ったときだ。僕は社長が目を落としていた資料から目線をあげた瞬間を今でも覚えている。その直後に社長が放った「私も創業者の息子、2代目だが?」というひと言で会議室は静まりかえった。しんとして耳が痛いほどでした。口を開いたら死ね。そんな空気。窒息死したほうがマシ。そんな空気。

重苦しい空気の中、ほほ笑みをたたえた社長が口を開いた。「世間では2代目を要職に就けることは好意的に思われていないようだね。キミらはどう思う?」。社長は名指しして聞いて回った。会社上層部は指名されても言葉を濁したり、口をつぐんだりしていた。社長はドSだ。容赦がない人だ。答えられない上層部たちは逃げられたと安堵していたが「答えられなかった人たちにはあとで考えがまとまったら答えてもらいますよ。素直に思ったことを聞かせてくれるだけだから、拒否はなしですよ」と釘を刺した。上層部の老いた心臓を貫く五寸釘だった。僕は自分が当たらないことを神に祈り続けた。「社長、そういうとこやで」と参加メンバーの頭上にある吹き出しに書いてあるようであった。そう思ったところで口が割けても言うことなどできないできないできない。死ぬ。

いつもの会議が、鬼舞辻無惨様プロデュースのパワハラ会議の実写版になっていた。社長の指名は続いていた。「それは質問に対する答えになっていないよね。キミは?」「意見がないの?ではキミ」という社長の声が聞こえた。僕は部長席の末席で指名されたときの回答を考えていた。「ビッグモーター社は異常です。あの2代目はレアケースなので参考になりません」と答えよう、などと考えていたら、社長が「ビッグ社は例外で参考にならないなんて答えで逃げるのはヤメてくださいよ」と言い出して驚愕した。社長は思考が読めるのか!きっかけをつくった「2代目を要職にするからいけない」発言をした上層部に戻って社長は「なぜいけないのか?言い出したキミの考えを聞かせてくれ」と尋ねていた。「違います。誤解です」「何が違うの?誤解もしていません」「思わず口が」「君の発言ですよ。考えを聞かせてほしい。あなたなりの考えがあっての発言でしょう。私は参考にしたいのですよ」無慈悲なやりとりが続いた。社長、そういうとこやで。

神に僕の祈りは届かなかった。「まあいい。では君」僕が指名された。僕は50年の人生で一番頭を使った。この場所から生還するのだ。ここにいる全員を救い、社長を満足させ、自分を守るのだ。ここにいる者は誰も死なせない。「創業者のジュニアが会社をダメにするのは、ジュニアの資質もありますが、それよりも会社の上にいる取り巻きに原因があると思います。先代と比べたり、立場を守ろうとするからです。彼らが真っ当な仕事をすれば会社はダメになりません」と答えた。全部上層部のせいにしといた。「そういう人事も含めてぜんぶトップの責任せい」とは言えませんでした。全員を救いたかったが、会社上層部は救えなかった。必要な犠牲だ。仕方なし。自己採点50点の回答だったが、「ヨシ」とうなずき、社長は満足したようだった。た、助かったー。その後しばらくは社長の質疑は続いたが、安堵した僕はほとんど記憶にない。こうして僕は重苦しい会議から会社上層部を犠牲にして無事生還したのである。こうして会社員人生は続いていく。合言葉は「お前も鬼(社畜)にならないか?」でよろしく。(所要時間28分)