Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

誠意はいらない。

営業部の総力の5分の1程度の力を入れて追ってきた案件の担当者から「明日夕方、御社を訪問したい」という連絡があった。コンペ最終局面結果待ちの段階だ。来社の目的を確認すると「《今後ともお願いいたします》という前向きな話を直にお会いして伝えたい。これまでのご対応に誠意でこたえたい」とのこと。熱意を感じた。ようやく成約。これまでの苦労が報われる瞬間。クソみたいな営業の仕事に光があたるとき。

直接顔面と顔面を突き合わせて挨拶をすることに何の価値も見出していないので、わざわざお越しいただかなくてもいいですよ、と申し出た。いやいや、そういうわけにはいかない、と言って聞かないので受けることにした。今後ともだ。未来の客だ。相手に合わせることも大事だ。契約前に、自分の目で相手の会社を確認するのも大事だ。

で、当日。担当者2名が来社。応接室に通してお茶を出す。「まずは今後のスケジュールの大枠を決めましょうか」と僕が切り出すと、突然、担当者2名は事前の練習を連想させるほどぴったりなシンクロ動作でガバっと頭を下げ「申し訳ありません。御社との契約は見送らせてください」と告げた。他社と契約することにしたらしい。ユーたち何しに来たの?。なぁぜなぁぜ。「今回はご縁が…」メールひとつで済む話ではないか。イヤがらせか。

「まずはこれまでよくやってくださったことに対して誠意を見せたいと思いまして」などといいながら和菓子を突き出してくる。いらねー。破談になったので、今、これ以上話をしても無駄っしょという虚無的厭世的なフィーリングになり「結果については承知いたしました。お引き取りください」と言い返した。和菓子も突き返す。これ以上話すことはない。わざわざ落選を伝えに来るのは誠意ではない。暇なだけだ。食品業界に入って20年強になるが、わざわざ「失注」を伝えにやってきた人は初である。

担当者2名は帰りを促しているのに帰ろうとしない。理由をたずねると「我々の誠意が伝わるまでは帰れない」的なめんどくさいことを言い始めたので、誠意は伝わりましたよー、というと、「ではこれをお受け取りください」と和菓子をぐいぐい押してくる。いらねー。「失注記念にお菓子もらったったー」とアホ面を晒して和菓子を配る暗い近未来を想像しながらぐいぐい押し返す。

法人の理念が「誠心誠意」、トップダウンで「仕事を断る際にも誠意を尽くせ」と厳命されているらしい。「そんなのテキトーにやっておけばいいでしょ。菓子折りを駅に捨ててもバレませんよ」というと担当者2名は無言のままポケットから小さなマシンを取り出した。レコーダー。録音。サラリーマンの哀しみをそこに見た僕は、御社の誠意は伝わりましたー!お菓子ありがとうございますー!と活舌に気を付けて言った。

アホにつきあってばかりもいられないので、追い払うために「わざわざ足を運んでいただいて失格を伝えていただきありがとうございました。誠意はよく伝わりました。営業の仕事を長年やってきたので良い結果も悪い結果もたくさん受けてきました。ですが、わざわざ足を運んで直接、失注を伝えてきたのは貴社が初めてです。そしてきっと最後でしょう。時間がもったいないですから。でもよく考えてみてください。あなた方が口にするその誠意は誰に向かっての誠意ですか?私ですか。あなた方ですか。経営者ですか。森羅万象ですか。相手にわざわざ時間を割いてもらってネガティブな話をする。それが誠意ですか。私は営業職です。午後いっぱいの時間があれば商談のひとつやふたつ余裕でこなせます。うまくいけば成約につなげられるものもあるかもしれません。その貴重な時間を1円にもならないこの面談に割かせることが誠意だと思うなら、誠意について考えなおしてほうがよろしいかと考える次第です。あなたがたの言う誠意は相手不在の独りよがりのものですよ。私はそれを誠意とは呼びたくない」という長くウザい話をさせていただいたら、担当者2名は「今後ともよろしくお願いいたします」といって逃げるように出て言った。この後に及んでまた「今後とも」とは。誠意はたくましい。(所要時間21分)