Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「入札が成立しません。助けてください」と泣きつかれた。

ある法人から入札の指名を受けた。指名競争入札である。指名競争入札とは何か。ウイキペーディアによれば「特定の条件により発注者側が指名した者同士で競争に付して契約者を決める方式」とある。要するに「名指ししたから入札に参加してね(^^)」という仕組みである。当該法人のコンペは数年前に参加したことがあり、あまり良い条件ではないと記憶していたので「指名されたら社内で検討します」と答えるに留めた。

数日後、概要と仕様書が普通郵便で送られてきた。条件を確認していたまさにそのときに電話があった。見られているような気がした。目の前にあるノートPCをハッキングしているのか。担当者は「入札に参加するためには現地説明会への参加は必須ですのでよろしく」とだけ伝えて通話を切った。「現説に行かなければ辞退になる。それならそれで良くね?」と独り言を言ったら、また担当者から電話がかかってきた。ハッキングしているのか。「なお、このコンペを辞退したら以後、当法人のおこなう入札に参加できなくなるかもしれません」担当者は、スパイ大作戦の「例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで」を連想させる冷酷なメッセージを伝えた。ライト脅迫である。

数日後。現説は明日に迫っていた。僕は仕様書をチェックしていた。するとまた担当者から電話。「明日の説明会への出席は大丈夫ですか」という確認だった。仕様書ではわからない部分があるので説明会への参加を決めた。その旨を伝えると「では明日お願いいたします。なお、駐車場はありませんので公共交通機関でお越しください。遅刻した場合は失格とさせていただきます」と一方的に話して電話は切れた。

説明会は14時から。ライト脅迫で遅刻を恐れた僕は30分前に到着。建物の前には大きな駐車場があって空いているように見えたが、おそらく幻覚だろう。会場は大きな会議室だった。席数は50ほど。大きな戦いになりそうだ。僕よりも先に来ているのは1社。営業担当1名。最前列の席を取ってやる気を出していた。負けられない。僕も最前列の席に座り、目をつむって戦の神・毘沙門天に必勝祈願をしながら、競合他社50社を待ち構えた。開始10分前。5分前。おかしい。競合他社の営業マン50名があらわれない。コンペを仕切っている担当者数名がこそこそと話をしているのが見えた。「え?」「マジで?」「嘘だろ」なぜか動揺している。

14時になった。担当者は「定刻になりましたので現地説明会を始めさせていただきます」と切り出した。結局会場にあらわれたのは2社のみ。マジか。説明会は担当者がリレー方式で事前に郵送されていた仕様書を一字一句間違えることなく正確に読み上げ、質問がある場合は明日以降指定の用紙をFAXしてくださいと告げて終わった。FAXて。現場を見せてもらいたいと頼んだら「公平性を保つため」といって断られた。公平性もクソも2社しかいねえよ。

会場に現れたもう1社は、安さを武器にしている会社だった。競って勝ったところで望むような利益は得られないことは予想できた。僕は辞退方針をかためた。現場説明会に出席したことで最低限の義理は果たした。入札は2週間後。1週間は当該コンペのことを1秒も考えることなく、あっという間に過ぎた。さてそろそろ辞退届を送りつけよう。そう思っていると担当者から電話。「入札は1週間後です。何か問題はありませんか?」これまでは一方的に言いたいことを言って通話を切っていたのに。妙だな…相手の真意を推測している時間がもったいないので「実は仕様書と現説をふまえて社内検討の結果、辞退することを決めました」と打ち明けた。理由をきかれたので、正直に、競合する会社と価格競争をしても分が悪く十中八九勝てないからと告げた。

わかりました。仕方ないですね。ありがとうございます。そういう言葉を期待したが担当者は「それでは困ります。規定により2社以上の入札がなければ入札が成立しません」と駄々をこねはじめたので「それはそちらの都合でしょう。当社は社内検討のうえで辞退を決めたのです。辞退は業者の権利です」と伝えた。「2社以上の入札がないと成立しないんですよ。何とかなりませんか」担当者は10社程度指名したことを明かした。10指名して2社しか説明会にあらわれない。その程度の魅力しかない案件であることに気が付いてくれ。「申し訳ないけどなりません。辞退です。大手みたいに余裕がないんですよ。勝てないことがわかっている勝負に時間は割けません。負け確定の勝負に参加してウチに何が残るのですか」

そのときの担当者の言葉を僕は死ぬまで忘れないだろう。「負けるとわかっていながら潔く戦った会社として当法人に記憶されます」と彼は言った。きっつー。無意味すぎる。ふざけているのか。僕があまりのバカさに言葉を失っているのを、ポジティブに解釈したらしく、自信満々な口調で「では入札当日お待ちしています」と担当者は告げて通話は終了。なにが潔く戦った会社だ。予定どおり入札辞退届を送った。あれから一か月が経った。入札がどうなったのか僕は知らない、知りたくもない。潔く戦ってくれる奇特な会社が見つかったと信じたい。(所要時間42分)