Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

仕事上の右腕が爆誕した。

僕の「右腕」を探す旅も、ようやく終わる。ボスからは常々「部下に落とせない仕事を任せられる右腕を作り、それによって生まれる余裕をつかって新しい仕事を考えろ」と重圧をかけられていた。これは「既存の仕事ではない新しい仕事で存在価値を証明し続けろ」という厳しい注文であった。(書いてた→「仕事を任せられる存在をつくれ」「部下に仕事を落として楽をしろ」の本当の厳しさがわかってしまった。 - Everything you've ever Dreamed)

このたび、募集をしていないのにもかかわらず、勝手に僕の右腕に立候補してきたのは「生活が苦しいので給与を上げてほしい」とことあるごとに訴えてくる年上部下のMr.ワークライフバランスである。僕から発信されている「右腕欲しいの~」という電波を受信したらしい。トイレの個室で「仕事、誰かに任せられたら嬉しいな…ぐおおお!」とふんばりながら呟いていたのを盗み聞きされたのかもしれない。

 彼の右腕デビューは鮮烈であった。昨日のミーティング。これまでのミーティングではノルマを着実にこなすデキル同僚を前に影のごとく沈黙していた彼が、頼んでもいないのに突然、太陽のごとくピカピカ存在感を発揮しはじめたのだ。ミーティングの内容は、先日の部長会議における決定事項の連絡。才能を発揮できる余地はない。だが、彼はやり遂げた。やり遂げてしまった。

おはようございます。おはようございます。挨拶から連絡事項へ時間を無駄にしない流れ。完璧だ。僕が「昨今の人不足の影響で、現場における募集費が予算を越えていて…」とはじめると「なるほど!」と彼は遮り、それから「つまり今後は募集費を抑制するために新規営業の目標を下げるのですね。みんな分かった?」と言った。ちげーよ。「違います。募集費は増えているけれども、それを見積と提案に反映させるだけであって、絶対に営業目標は下げないからよろしく頼みます」と僕は訂正した。目標を下げるのはノルマ達成が厳しい彼個人の願望だろうか…と一瞬、悶々する僕。すると彼は「つまり営業部としては、その問題を深く考えなくていいということ。みんなわかったね!」とまとめた。だからちげーよ。話聞いているのか。どこが「つまり」だ。まとめになっていない。周りも「いつもは影なのにどうしたんだ?」「おかしくなったか?」と動揺を隠せない。粛々と次のトピックへゴー。

「次は賞与の支給日ですが、例年…」と僕が始めると「あっ」またも彼が遮って「12月の第一金曜日ですね!」と間違った情報を被せてくるので「昨年まではそうですが今年は木曜になります」とわざわざ訂正。嫌がらせだろうか。「それから健診は今月中に」と僕が言い始めるや否やまたも遮る彼。「いい?今月中に受けないと受診できなくなるからね」ちげーよ。「違います。来月いっぱい受けられるけど、出来る限り今月中にお願いしますね」 。そんな感じに微妙なタイミングで僕の話をシャットアウトしては、滅茶苦茶な解釈で「まとめる」「言いかえる」「たとえる」。この連発。ほとんど軽いテロである。きっつー。

僕は管理職として試されていると考えた。そう思わないとやってられなかった。その後も「年末年始は」「正月ですね!」やめて…、「今四半期の目標達成率は…」「みんな引き締めてな」邪魔しないで…、「例の大型案件ですが…」「残念でしたー!でも我々は諦めない」お願いだから…、「来期に繋がる案件を育て…」「言うまでもないけれど来期は今期が終わったあとだからね」やめてー…。という調子で微妙タイミングのクソリプで彼はミーティングの進行を妨害し続けた。年末年始は正月に決まってるだろが。来期は今期の次だろうが。ダメな副官気取りで、僕がデスラー総統だったら、大ガミラスの名にかけて宇宙空間に放り出していただろう。

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ボスから与えられた「右腕をつくれ」というミッションを僕は甘く考えていた。ボスは全部見通していた。だから彼は、時折思い出したように「右腕をつくるのは大変だからね」と僕に声をかけてくれていた。まさかこんな形で右腕があらわれるとは…。「もっと役に立つミギーが欲しい」と僕は願った。これまで数多のトラブルを生き抜いてきた僕がそう強く願ってしまったのは、ミーティングのあとに彼が「話し合いを充実させるために、あえて却下される対案を出し続けました。どうでしたか?」とドヤってきたからである。どうやら僕の右腕を探す旅路は地獄へつながっているみたいだ。まあ、人生なんてこんなものかもしれないね。ヨシ!(所要時間20分)

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「公式」を持つだけで仕事は変わるよ。

今年になってから、20年間の営業人生で諸先輩から学んだことを思い出してはブログに書いている。全部、僕自身のためである。僕くらいの年齢になると教えてくれる親切な先輩は死滅している。気がつくと周りは蹴落とそうと構えている奴らばかりだ。僕は自分で学んだり、これまで学んだものから武器を見つけて勝負しなければならない。そのために書いている。これが他の人たちに役に立つのなら、悪い気分ではないけれども。

ひとつの出会いが、ギブアップ寸前だった僕を『戦える営業マン』へ変えてくれました。 - Everything you've ever Dreamed

あのひとことが僕を『20年戦い続けられる営業マン』へ変えた。 - Everything you've ever Dreamed

20年の営業マン生活でわかってきた「仕事の本質」を全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

印象に残っているのは、僕が駆け出しのときにスナックで顔馴染みだった老営業マンの言葉である。彼が教えてくれたことはいろいろあるが、そのなかでも「顧客の利益を重視して、競合他社の商品を売り込むことも厭わない」はいまだに新鮮だ。もっとも、これを聞いただけで僕がマスター出来たわけではない。そもそもデキる営業マンではなかった。ノルマもきつくて、上司の圧力も強めで、やめようと考えていたくらいだ。猫の手を借りる気持ちで、犬顔の彼に頼ったのだ。

 彼は、顔をあわせるたびに、会っていなかった期間の僕の営業活動を細かく聞いて、こうしたら違う結果になったかもよ?と緩いアドバイスを繰り返して丁寧に教えてくれたのだ。実践である。もし、「顧客の利益を重視して、競合他社の商品を売り込むことも厭わない」とひとこと言われただけだったら、今頃は営業マンとしていなかったかもしれない。つまり、彼は「キーワード」と「実践」とを繋げてくれたのだ。

 たとえばビジネスセミナーでよく耳にする「自分を売り込め」というフレーズ。これを実践に繋げていくのはなかなか難しい。もっと具体的な助言を求めてしまう。セミナーなどでは一歩進めてケースバイケースの具体策を教えてくれる。僕は20年の営業人生を通じて、こういう具体策が思いのほか役に立たないと痛感してきた。なんというか例外や応用に対応できないのだ。

 今、大変よろしい職場に恵まれて楽しく働いているけれども、具体的に細かく指示を与えないと動けない部下の人がいる(ただし指示に対する仕事の結果は優秀)。僕としては、大まかな指示を出したあとは個を活かしてほしいのだけれども、どうやら、実践に落とし込むのが苦手なようなのだ。彼は勉強熱心だけれども型にとらわれすぎている気がする。「失敗したくない」とも言っていた。僕としては指示待ちを脱却してもっと個を活かしてほしい、「優秀なのに勿体ないなあ」と思ってしまう。

 実践に落とし込むのは難しい。たとえば「自分を売り込め」という強い言葉を、状況に応じて、現場(実践)に落とし込んでいくためには、頭で考えるしかないが、ゼロから根拠もなく考えていくのは難しいし、どうしてもスピードに欠けるので、「公式」や「指針」を自分でつくっていくしかない。算数を解く要領だ。実際の現場で、どうやったら自分を売り込めるのか、あらかじめ設定した具体策から選ぶのではなく、その場で「自分を売り込む」方法を、公式を通じて、実践に落とし込むのだ。そのための公式が必要になる。

 これは個人的な考えになるが公式は文字よりもイメージでとらえたほうがいい。公式は道具なので文字でとらえるよりかは、絵でパッと思いつけたほうが使いやすい。そしてなるべくシンプルなほうがいい。前述の「顧客の利益を重視して、競合他社の商品を売り込むことも厭わない」なら、

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こうなる。これは数学の式ではなく、「自分都合とお客目線が顧客の利益の上に成り立っている」というイメージである。僕はお客と面談するときにぼんやりとこんなイメージをもって臨むようにしている。これは、僕が営業生活で作り上げて削ってきた、僕しか使えない公式なので、詳しい説明は避ける。大事なのは、自分で考えた、使える公式を持っておくこと。原則なので数はいらない。当初は3~5個くらいでいい。

 もちろん具体的な対応策を持っておくやり方もある。有効な場面もあるだろう。だが、多様なケースに応じた策を予め持っておくのか?変化していく現場にそれで対応できるのか?僕はそんな事前の準備はしたくない。使いやすい道具でいろいろなものに対応していくほうが細やかに対応できると信じている。相手によってはそれが親身な対応となっているのかもしれない。言ってみれば現場現場で考えているので、エキサイティンで、ライブで、同じものが出来ないから仕事が少しだけ楽しいものになる。何より覚えるものが少ないので楽だ。

 いろいろな方法があるけれども自分にあったものを選べばよろしい。僕は、ただでさえ退屈になりがちな仕事を少しでも楽しくなる可能性のある方法を選んだだけだ。間違いなくいえるのは、自分だけに使える公式=道具をいくつか持っておき、それを研磨するのを忘れないだけで、楽に仕事はこなせるようになっていくということ。最近、農家さんや編集者さんと話をする機会があったけれども、違う業種にいる仕事のできる彼らも彼らなりの公式を持っていると僕は会話のなかで感じた。その場でしかない、生の現場を楽しむ。これが仕事を充実させる、ひとつのやり方なのでないか、そう僕は思っている。

 偉そうなことを書いてきた僕だが、実生活では「もっと大人らしい行動をしなさい!」と妻に言われても、なかなか実践に落とし込むことが出来ずに「なんで出来ないのですか!」と毎日叱られている。きっつー。(所要時間31分)

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Hagex事件の判決を受けて

令和元年11月20日、僕の数少ないネット友人であるブロガーHagex(ハゲックス君)が巻き込まれてしまった事件の判決が出た。判決や公判の内容や量刑については、報道されているとおりで、「もっと重い罪を」と考えるのは被害者と距離の近いところにいた人間の感情が出てしまってフェアではなくなっているので、あえて何もいわない。アンフェアな犯罪についてもフェアに厳正に対応するべきだ。それでも、判決が出たのは、ひとつの区切りなのは間違いないので、今、自分なりに考えていることを気持ちを整理させるためにも、まとめておきたい。


言われているように前例のない事件だ。ネット上のトラブルを発端に死傷者が出る事件はこれまでもあったが、どれも加害者と被害者との間に、ある程度の直接的な関係性が認められるものだったからだ。この事件は加害者と被害者との間に直接的なやりとりはほとんどなく(加害者からはそうではないらしいが)、サービスを提供している会社への通報をしていた者とペナルティを受けた者という間接的な関係性から、逆恨み的に、通報していた者のなかでいちばん目立っていた被害者をターゲットにしたという点で前例のない事件であった。僕個人としては勝手にヘイトを募らせた加害者によるテロだと考えている。

前からここで言っているとおり、僕は昨年6月、事件が起こる直前、ハゲックス君と連絡を取り合い、実際に会っていた仲であった。僕らが会っていた昨年3~5月あたりは彼が加害者の行為を通報をしていた時期であり、ネタにしていた時期だ。当時、彼と酒を飲みながら話す内容は、ほぼすべてインターネット上の出来事であり、加害者のことも話題に上がっていた。《問題行動を起こして周りに迷惑をかけている面倒なヤツがいる》《通報をして迅速な対応をしてもらった》《あの執拗さは少し厄介かもしれない》そんな認識であった。

うっすらとだが《厄介さ=ヤバさ》は認識していた。それは間違いない。だが、そのときもっと用心しておけば良かったというのは結果論だろう。そのときの、うっすらとした「ちょっと厄介な奴かも」という認識は間違ってはいなかった。だが、あの時点で凶行と繋げる想像力をもった人間はいなかったのではないか。僕らは、インターネット上の事案に慣れていたので、加害者を《いつぞやのあのタイプに近い》と分類して終わらせていた。

もし当時、「加害者を過小評価せず、いつものあのパターンに落とし込まないほうがいいかもしれないよ」とハゲックス君に忠告できていたら…という後悔はずっと消えないだろう。まさか、今までにいないタイプの、ネットで自分勝手に憎しみを募らせて現実でテロを起こすような人間だったとは。もし前例があれば、想像し、予測することも出来ただろう。加害者の顔や姿は知らなかったけれど、存在を認識することはできていたので、後悔してもどうしようもないけれど、なんとかできなかったのかという後悔しかない。前例のない暴力で、友人を喪って、今後起こるかもしれない同様の事件の前例にしてしまったことは、僕にとって痛恨の極みであって、「彼のためにもこれを教訓にしなければいけない」なんて今はまだ言えない。

ホワイト企業がブラック企業に堕ちる瞬間を目撃しました。

残業ないし、破綻もないし、クソ上司もないし、今の職場には概ね満足していて、少なくとも50才になるまでは働きたいなあと考えている。だから、出る杭にならないよう、注意して生きている。今朝の定例部長ミーティングも、出る杭になって悔いを残す結果にならぬよう、注意しつつ、営業部の長として出席した。守秘義務があるのと、嫉妬の対象にされたくないのとで、詳細はひかえるが、業績は好調そのもののいい数字が上がっているので、なかなかの冬季賞与になりそうである。ちなみに前に勤めていた会社は賞与が0.1ヵ月だそうで、本当に、本当に、転職して良かった…このままの調子でいっていただければありがたい…と会議の末席で感慨に浸っていた。

するとボス(社長)が「本当は社員をもっと追い詰めて、数字を絞り出したい。実際もっとできると私は考えているよ」と本音らしきことを口にした。取り巻きっぽい人たちが、ですよね、私もそう思います、とワッショイワッショイ神輿を担ぎ始めた。前の会社の上役が同じようなことを言っているのを何回も聞いた。この神輿の色はブラックだ。僕は二度とこの神輿は担ぎたくない。ボスが「社員にはもっと、その能力を活かして働いてもらわないといけない」といったとき、ブラック神輿のボルテージは最高潮。ワッショーイ!ワッショーイ!「やりましょう社長」「潜在能力を覚醒させましょう」と何か沢尻的なものをキメたかのような調子。

ブラック神輿メンバーの誰かが「せめて社員には、我々のような経営者感覚をもってもらいたいですね!」と言った。出た~。経営者感覚。僕は出る杭になって悔いを残したくないので、「バカ」と言いたいところをぐぐっと押さえつけ、「面白い」と言い換えて心が壊れないようにした。「経営者感覚!面白い(バカ)ですねー」僕は言った。そして「そうお考えになるのなら社員に株でも配りましょうよ。でないとただの面白い(バカ)話で終ってしまいますよー」と続けた。ブラックな環境にいたとき、散々耳にしてきた「経営者感覚」。社員は社員でしょ。普通に考えて。実に面白い。

ブラック企業がやたら社員の「ヤル気」「達成感」を訴えていたように、会社サイドが、感覚や気持ちといった社員の感情的なものに訴えはじめたら、気を付けたほうがいいだろう。本来会社の責任であるべきものを、社員個人の責任に転嫁しているからだ。転職に失敗し、駐車場バイトを経てやってきたこの会社も、ダークサイドに堕ちていくのかと悲しい気持ちになってしまった。僕はまもなく46歳。ふたたび駐車場バイトをやるのは、きっつー。

空気は一変する。ボスが「いや。社員を追い詰めて働いてもらいたい気持ちはあるけれど、追い詰めるようなやり方は絶対にやめてくれ。時代遅れだよ」と言った瞬間、大騒ぎしていたブラック神輿は静まりかえってしまったのだ。ボス曰く、ガンガン追い詰めてやらせれば短期的に数字は出るが、追い詰めずに気持ちよく働いてもらった方が結果的にたくさん働いてもらえて長期的にはより数字が出るよ、ということであった。なるほど然り。ブラック神輿の方々は、ですよねー、さすがです、と言い出すものだから面白い。ボスは普段のんびりしているけれども、実は腹黒い人だなあと感心してしまった。だってそうだろう?シビアな考え方を見せつつ、部長連中をふるいにかけて見定めているのだから。よかった一時のノリでブラック神輿を担がなくて。

ボスは「経営者感覚を社員に持たせると考えるのはいいが、それを今よりも強く持たなきゃいけないのは君たち部長の仕事でしょ。社員は社員の仕事があるのだから」と部長連中に釘を刺してミーティングは終わった。ブラック企業とホワイト企業は、トップに立つもの考え方次第で、実は紙一重なのだ。僕らは間違った神輿を担がないようにしないといけない。(所要時間21分)

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若手に頼みごとをしたら「これは仕事ですか?」と言い返されました。

人間は自分の聞きたいことしか聞かない生き物だとあらためて思う出来事があった。隣の部署に所属する比較的若手の社員が、以前から交際していた女性と結婚すると報告してきたのだ。挙式はやらないらしい。で、同僚の皆さまと飲んでいるとき、ささやかながら彼のお祝いのパーティーをやろうではないか、来月12月は忘年会もあるから11月中に、という話になり、賛成する強い理由はないが、反対する理由も特にないので、なんとなく、いいね、いいねと中ジョッキを傾けていたら、どうぞ、どうぞ、って感じで幹事になっていた。

数日後、「祝!比較的若手氏結婚!」と毎日顔を合わせている本社スタッフ全員にパーティーをアナウンスした。比較的若手氏には本社メンバー全員に声をかけると告げた。大失敗であった。「申し訳ないですが…」といって欠席表明する人が続出したのだ。寂しい気持ちになった。なぜ、仲間の門出を喜べないのか。ワン・チームじゃないのか。必死だった。比較的若手氏のためではなく、幹事失格の烙印を押されたくなかった。僕を愕然とさせたのは断られた事実よりも「部長、これは仕事ですか?」と言われたこと。「コレハ業務命令デスカ」と僕には聞こえた。仲間の結婚パーティー、イヤだけれど業務命令なら従いますよ、という従順の皮を被った拒否であった。内心では、半分仕事みたいなものだと思っていても、昭和時代ではあるまいし、この令和の時代に「仕事だよ」つって強制できるはずがない。ましてやウチの会社は時間外労働ゼロを目標にしている。

なぜ、比較的若手氏の結婚を祝えないのか。それほど良いヤツではないかもしれないが、猛烈にイヤなヤツでもない。謎すぎる。比較的若手氏と同年代の社員何人かに質問してみた。総合すると、比較的若手氏は、陰口をしている相手と陰口の対象の関係性を考えずに陰口を叩くのでイヤな気分になる、付き合っていると人間関係が壊れる、だから仕事以外では付き合いたくない、ということであった。「仕事ではないけれども、円滑に仕事をすすめるための準仕事だと思って参加してよ」と食い下がっていると、とある若手の1人から「部長も言われてますよ」と気になるひとこと。「何を」「悪口」「嘘。絡みないんだけど」「聞きたいですか」「うん。やめとく」きっつー。

聞きたくないものは聞きたくない。聞きたい話だけを聞きたい。好き嫌いを職場に持ち込むのはやめろと常日頃から言っているが、僕も血の流れている人間。悪口を言っているような人間のためにわざわざアクションしようとは思わない。だから「部長、これは仕事ですか」という態度には「仕事じゃないから無理に参加しなくていいよー」「こっちでうまくやっとくわー」と対応した。そもそも幹事は仕事ではない。ノルマもない。ねえ?神様。

結局、参加者は僕を含めて数名であった。比較的若手氏には本社メンバー全員を誘ったと言ってしまった手前、この惨状をどう本人に伝えればいいか、令和元年11月14日18時すぎのデスクで僕は頭を抱えてしまった。正直にチミの人望がないからだと告げるべきか。それとも君の結婚を祝うことより重大な用事があるらしいよと忖度すべきか。出たとこ勝負と心を決め、比較的若手氏が帰ろうとするところをつかまえ「パーティーの件、参ったよ」と声をかけた。ノー・プラン。だが僕も営業畑で生きてきた男。相手の反応にあわせて対応する。そう。いつだってそうだった。アドリブだった。ノリだった。何とかなる。進学も結婚もその場で決めた。そして後悔した。我が人生にいっぱいの悔いあり。いまさら悔いのひとつふたつ増えたところでたいして変わらんさ。

「だと思いましたよ」比較的若手氏はそういって笑った。まさか、こいつ人望の無さを自覚しているのか。だとしたら大人物だ。「月内に本社のメンバー50人近くが入る会場を押さえるのは今からじゃ難しいでしょう」「ちがう」「いいんですよ気をつかわなくて」「ちが」「来月、忘年会の席で皆さんに祝っていただくということでいかがですか。その方が私も気が楽です。ではそういうことで」比較的若手氏はそれだけ言って去っていった。彼もまた自分が聞きたい話だけ聞きたい人間のようである。それから僕は「このたびは私のために」と挨拶する上機嫌な比較的若手氏と、し~んと静まり返った面々、悲惨な忘年会を想像して胃が痛くなってきてしまう。きっつー。「これは仕事ですか」なんて甘すぎる、こんなの仕事だと思わないとやっていられないよ。マジで。(所要時間22分)会社員生き方本を書きました→ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。